風の行方
幕府の要人を狙った攘夷志士を、その決行の寸前で取り押さえた。
逃げ遂せた数人の志士を追い駆けた沖田は、反対に路地に追い込まれていた。
「窮鼠猫を噛むってのはマジだったんだ」
呑気に呟いて、沖田は刀を抜いた。
しかし、姿を見せた志士達の人数に沖田は舌打ちした。
「・・・マジィ・・・、かな・・・」
―――深追いするな
追い駆ける沖田の背に掛けられた土方の言葉を思い出す。
でも、こうなってしまったものは仕方ない。
沖田は剣を構えると、真っ直ぐ敵陣へと突っ込んで行った。
はっきりと覚えているのは五人目を切り裂いた所までだった。
血と油で塗れた刀では致命傷を与えるのは無理だと気付き、力任せに突破しようとした。
その時、右肩に鋭い痛みを感じた。
それがどれほどの傷なのか、何で、誰にやられた傷なのかすら判断できないまま、沖田は力尽きるまで走り続けた。
やがて、何処か暗い場所で膝が折れた。
自分の荒い息が、耳に響く。暗いのは視界が霞んだせいかもしれない。
意識を手放す瞬間、何者かの足が見えた。
「晋助様ぁ、コレ誰っスかぁ?」
間延びした女の声が耳に入り、沖田は目を覚ました。
「・・・誰でィ・・・?」
自分を覗き込む若い女に声を掛け、沖田は再び目を閉じる。
「あたしが聞いてるんだよ。おい、生意気な野郎だな、・・・って、また寝た・・・?」
「包帯替えたらさっさと出て行け。大事な客だ」
窓際に座る男が言うと、女は眉を顰めた。
「・・・客・・・、スか・・・?」
沖田が夢現でいる間、三味線の音色がずっと聞こえ続けていた。
かなりの熱があるというのを理解したのは、何度目かに目を覚ました時だった。
何度も目を開けては眺めた、見慣れない天井をはっきり認識し、ようやく思考が動き始める。
「ここは・・・?」
呟き起き上がろうとした途端、右肩に走った激痛に沖田は呻き声を洩らした。
「本当に無茶苦茶な野郎だなぁ、手前」
声のする方向に顔を向け、沖田は息を呑んだ。
滅多に表に姿を見せない故、沖田もはっきりとは覚えていないが、特徴のあるその姿は何時か見た人相書きに酷似しているように思える。
「どうせ、俺の仲間何人殺ったかも覚えてねぇんだろ?」
「――――高杉・・・・・」
呟いた名を男は否定しなかった。けれど、目の前の男がその人物だとは、信じられなかった。
本当に高杉ならば、何故自分は此処にいるのか。何故助けたのか。
―――助けた訳じゃ、ない・・・?
ふとその結論が頭に浮かんで、沖田はようやく納得した。
「・・・それで、どうしようってんでィ?」
「覚悟決めんの早ぇな」
高杉はくくく、と笑った。が、不意に笑顔を消し去ると沖田を真っ直ぐに見た。
「お前だよなぁ・・・」
彼が呟いた言葉に沖田は眉を顰めた。
そんな沖田を高杉はしばらくの間じっと見つめ、おもむろに立ち上がると近くへ寄って来た。
その手が伸び、沖田が身構える間もなく顎を捕らえられる。
「この顔だ」
ただ、驚いて目の前の顔を見つめるだけで精一杯だった。彼の言葉は意味不明だった。
「一昨日、だったか・・・?夜が明ける前だ。万事屋から出て来たのは間違いなく、この顔だった」
「―――――」
ぎしりと、身体が強張るのを感じた。
「誰が見てるかわかんねぇから、外でああいうのは控えた方がいいかもなぁ、警察さん」
見送りなんていいと言った沖田に、銀時は強引に付いて来た。
別れ際に交わした接吻。
数日前の出来事がゆっくりと蘇ってくる。
高杉は沖田を捕らえていた手を離すと、ぐい、と着物の袷を掴んで左右に引いた。日に焼けていない肌が露になる。
そこに散らばる無数の紅い跡。
一昨日の銀時との情事の跡がまだ、色濃く残っていたのだ。
「これ見るまでは、あんま信じちゃいなかったけどなぁ」
「・・・・・」
沖田は俯いたまま黙って唇を閉じていた。
高杉の意図が分からない。自分が迂闊な事を口走るのを恐れたからだった。
「真撰組の隊長さんは、奴が元攘夷志士だってのは知ってるのか?」
沖田は思わず高杉の顔を見つめた。
「――――知らねぇのか」
ゆっくりと、その瞳が暗い影を帯びて行く。その様に、言い様のない不安を感じる。
「顔と身体だけで落ちる男じゃねぇよなぁ、アイツは」
「・・・旦那は、落ちた訳じゃねェ。ただの遊びでィ」
「遊びで男に、しかも幕府方に手ぇ出すかねぇ?」
「そんなの、俺らにゃ関係ねぇよ。俺は自分の事しか考えてねぇし、旦那は・・・」
ふと彼の姿が目に浮かぶ。つい先日会ったばかりなのに、嫌に遠い記憶に感じた。
――――会いたい。
こんな風に別れる事になるのなら、どうせ此処で死ぬのなら、あの夜もう少し抱き合っていれば良かった。
もっと、優しい言葉と態度で接していれば良かった。
もっと、伝えれば良かった。
好きだと――――
「旦那は・・・、風だから・・・」
その心は自分には決して見えないし掴めない。自在に形を変える風の様だ。
そんな風に沖田は思っていた。
「・・・随分な惚れ込み様だなぁ」
沖田ははっと我に返り、気まずさに唇を噛んだ。
危機感が足りないのは熱のせいもあるようだ。
ただでさえ考えの足りない頭が余計に働かない。
「・・・お前は昔旦那と一緒に戦ったのかィ?悪かったなぁ、胸くそ悪ィモン見しちまったみてぇで。でもあの人は真撰組とは関係ねぇよ。・・・誰の仲間でも、ねェ」
「何か勘違いしてんじゃねぇのか?」
「・・・え?」
低く響くその声に、沖田はぞくりと背筋が寒くなるのを感じた。
「俺ぁ、アイツの弱味見つけたのを喜んでんだよ。アイツが今更警察とつるもうが、幕府に付こうが、どうでもいいんだよ」
「―――――」
「お前が真撰組の沖田だってのも、関係ねぇんだよ」
「・・・何―――」
高杉の瞳に、狂気の色が混じる。
両極にいるような銀時と高杉。この二人には、何故か特有の共通する雰囲気があった。
引き合い、反発し合う何か。
「俺ぁ、あいつの魂とやらを踏み躙ってやりてぇのよ」
そう言って、高杉は沖田の肩に手を掛けた。
「無駄でィ。何してもあの人は変わったりしねェよ」
「それは、やってみねぇとなぁ」
力の入らない、熱い身体で沖田は形ばかりの抵抗を見せていた。
右肩の痛みに伴い腕は感覚もなく、動かす事も侭ならない。陥落は目に見えていた。
首筋から胸にかけて高杉の唇がゆっくりと肌を辿る。
銀時の付けた跡を確かめてはその上から強く吸われ、より紅い鬱血の跡が付けられていく。
「・・・んっ・・・、」
その度に感じる痛みと、それに混じる快感に声が漏れる。それはもう、沖田自身止めることは出来なかった。
銀時とは数えるほどしか夜を共にしていないのに、身体はもうこの行為に慣れてしまっていた。
「・・・最悪、だ・・・」
呟いた言葉に高杉は顔を上げた。
「そうでもねぇぜ?俺も男は初めてだが、悪くねぇ」
――――最悪だ。
足の付け根を強く吸われ、確か銀時も同じ場所に口付けたと思い出す。
目の前が重く霞んでいくのを感じながら、沖田は与えられる感覚に身を震わせた。
このまま深い眠りに落ちていけたら楽なのに。
そんな願いを打ち消すかのように、次から次へと愛撫の手は休まる事がない。
その度洩れる自分の声に、滅入る。
「覚え、てろよ・・・、腕さえ動けば・・・、手前なんか・・・っ」
絶え絶えの息の間に言った沖田に、高杉は嘲笑った。
鉛のように重い足を軽々と持ち上げられ、内部に侵入って来る高杉の固い物の感触。
「――――く・・・、ぅ・・・」
堪らず、沖田は唇を噛み締めた。
ふと、血が滲むほど歯を立てた其処に、高杉の唇が触れた。
銀時からはしない、きつい煙草の匂いがする。
とっくに観念したと思った心がざわめいた。
嫌だ。
こんなのは、嫌だ。
銀時はこんな事何とも思わないと、諦めて、守った筈の心が叫び出す。
無力な女の様な真似は絶対しないと決めたのに、助けを求めて泣き叫びたくなる。
自分を、消してしまいたくなる。
――――旦那・・・・。
「―――舌でも噛み切る気か?」
その様子に気付いた高杉は、沖田の口の中に布を押し込んだ。
「もう少し、付き合ってもらうからな」
激しく首を振る沖田を抱え込む高杉の声は楽しげな響きを含んでいた。
沖田が望み通り意識を失うまで、その時まではまだ遠かった。
続
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すごく書けない・・・。こんなんで良いのか・・・(悩)
今十五巻読んでたのですが、拍手のお礼の設定、九ちゃんと被ってたのね・・・。(気付け)
沖田でもやはり女だと萌えない私は・・・、根っこからくさってるのかなー・・・(遠い目)
あ、拍手の事を此処で語ってすみません。
なんか、もう、これは自分でもコメントし様がないといいますか、何だか分からないというか・・・。
続き書けるか非常に不安といいますか・・・。