―2―
目覚めた後のだるさは昨日以上だった。
熱も下がっているとは思えない。
けれど、どうしてもこのまま寝ていたくはなかった。
右肩を庇いながら立ち上がり、沖田は部屋の唯一の出入り口である襖に手を掛けた。
それを開けた瞬間、驚きに声を上げそうになった。
目の前に男が立っていたのだ。
「―――おや、逃げるつもりですか?」
能面のような無表情で男は口を開いた。じろじろと不躾な視線を向けてくる。
「退けよ。俺ァ、今最高に虫の居所が悪いんでィ。殺すぜ」
「貴方の右肩、刀がね、ぐっさり突き刺さっていたそうですよ。まあ、筋や骨は無事だったらしいですが、動かせないでしょう?」
ぴくりと、沖田の頬が引き攣る。
こういう話し方をする人間は本能で嫌いだ。
「右肩がどうだって言うんでィ。左でも充分殺れるぜィ?」
「・・・では、簡潔に聞きましょう。貴方は、誰ですか?」
「―――――」
沖田は目を瞠った。
恐らく高杉の仲間であるこの男が、自分の正体を知らないと言う。
それは、高杉が誰にも言っていないという事なのか。それとも、この男が高杉の仲間ではないという事なのか。
ここへ来た時、自分は隊服を着ていた筈だ。
沖田は用心深く目の前の男を見た。
背はあまり高くなく、昔ながらの髷に袴。天人を受け入れない攘夷志士の風体だ。
「また子さんがね、言ったんですよ。貴方、客だって」
言いながら、男は沖田の右肩を鋭く突いた。
「―――うぁっ」
肩を押さえて蹲る沖田を見下ろしながら、男は部屋に入り襖を閉めた。
「沢山の接吻の跡を身体中に付けてる、って」
「――――」
沖田は男を睨み上げた。
「高杉さんと寝たんですか?それも有り得るでしょうねぇ、これほどの相手なら」
見開いた無感情の瞳が、高杉のそれより不気味だった。
「でも男はねぇ、後2、3年もしたら駄目なんですよ」
沖田はぞっとした。否応なく、今の自分の立場が分かる。
無様に逃げるよりは、体当たりした方が余程マシだ。この男は高杉よりは弱そうに見える。けれど、身体が竦んだ。
昨夜のような思いをするのは二度とごめんだった。
ふらつく足を支え、沖田は男の脇腹目掛けて突っ込んだ。
「――――ああ、ほら、自分で分からないんですか?多分、普段の半分も力出てないですよ」
しっかりと押さえ付けられ、沖田は目の前が暗くなるのを感じた。
力が抜けた身体を、男は布団へと押し倒した。
「・・・このきめの細かい肌も、数年持つかどうか」
呟きながら、男の手が着物の間から沖田の肌の上を這い回る。
「・・・高杉と、寝たよ。昨日だ。それから一度も湯を使っちゃいねェ。そんなんでもアンタ平気か?」
半ば投げ遣りに沖田は尋ねた。時間稼ぎになるかもしれないという淡い期待は込めていた。
「平気じゃないです。・・・でもねぇ、こんな機会滅多にないでしょう」
「・・・・・」
されるがままに身体を投げ出して、沖田は目だけで部屋の中を見渡した。
何もないその中で、目に留まったのは三味線だった。
沖田は力を振り絞ってそれに手を伸ばし、それを掴んで振り返った。
男の顔が一気に青褪めた。
「―――止め・・・、止めなさい!高杉さんに殺されますよ!?」
ようやく、口元に笑みが戻って来る。掴んだものは正解だったらしい。
「手前に好きにされるくれぇならその方がよっぽどマシでィ」
沖田は人質である三味線を担いだまま襖を開けた。
「また子――っ!逃げるっ!彼を捕まえろ!」
男の声が廊下に響き、沖田は足を速めた。広い宿屋の様なそこを、背後から迫る幾人かの足音に追い立てられるように
出口を探して歩いた。
――――が、ようやく辿り付いた玄関に立っていたのは高杉だった。
「よう。どうだ?少しは楽しめたか?」
「―――――」
「そんなに焦るな。ちゃんとアイツの所に返してやるからよぉ」
ふらりとよろけた沖田の肩を支え、高杉は言った。
「だが、まだだ」
沖田の手から三味線を取り返し、高杉は2階から顔を覗かせる男に声を掛けた。
「武市。お前も、少しは楽しんだか?」
武市と呼ばれた男の顔が青褪める。
「次は、楽しむ前に死んでると思え」
コイツに手ぇ出したら殺すぞ。
そう言った高杉に、その場に居た人間は全員目を見開いた。
「――――これが、落ちていた」
そう言って、土方は沖田の刀と、血の付いたスカーフを銀時に見せた。
「・・・・・・・」
「本人はいねぇ。・・・死体すら見つからねぇ」
「・・・縁起でもねぇ事言うなよ」
銀時は言ったが、引き攣った笑みすら出てこない。
「場所は手前も知ってるだろ?煉獄関があった辺りだ。物騒なのがうろうろしてる場所で・・・、」
そこで土方は口を閉じ、唇を噛んだ。
死んだ方がマシな目に合っている可能性もある・・・。
と、いう事なのか・・・。
銀時は片手で目を覆った。
この数日の間にそんな事が起こっていたなんて、知りもしなかった。
何も知らずに、普通にまた会えると思っていた。
町中で様子がおかしい真撰組を見て胸騒ぎを覚えた。土方を捕まえて話を聞き出したのだった。
「協力、するんだろうな?」
有無を言わせぬ迫力で言う土方に、銀時はただ無言を返した。
そんな事を言われる筋合いはない。
言われなくても探す。
必ず、探し出す。
「――――お前、総悟と何かあったのか・・・?」
そんな銀時の様子に気付いた土方が訊ねる。
銀時はやはり、何も言わなかった。
今は、部下を危険に曝した彼にさえ怒りが押さえられない状態だ。
銀時の中で沖田は、簡単にいなくなっていい存在ではなかった。
続
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私ってほんと、単純ですね・・・。
一日で書いちゃったよ・・・。短いけど・・・。