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まだ未明の暗闇の中。
この部屋で目を覚ますのはもう何度目かになる。
その度襲いくる無力感に沖田は溜息を吐き出した。
ふと、嫌に身体がすっきりとして、軽い気がするのに気付いた。
ようやく発熱が治まり、右手の指先にも感覚が戻って来ているのだ。
ゆっくりと手を開いて、握る。
――――やっと、逃げ出せる。
そう確信すると、沖田は先日逃げ回ったこの館内の間取りを頭に思い描いた。
窓には格子が嵌められていたが、其処から小さく見えたターミナル。
大体の此処の位置も分かる。
とりあえず抜け出して、パトロール中の真撰組でも捕まえられたら、帰れる。
そう思った途端に浮かんで来るのは銀時。
そんな自分に苦笑が浮かぶ。
何時の間にこんなにハマってしまったのか。
“お前がただの真撰組の沖田なら、見つけたあの場で斬ってたよ”
そう言った高杉の言葉を思い出す。
彼は、沖田を見つけた時に隊服を燃やしたと言っていた。
銀時との関係の事実が、今沖田を生かしているのだ。
それが有り難いのか迷惑なのか、分からない。
けれど、未練は確かにある。
高杉の腕の中で気を失った後、熱にうなされる沖田に彼は手を出す事はなかったが、今日は分からない。
沖田はゆっくりと身体を起こした。
部屋の外にまで神経を張らせてみるが、気配は何も掴めない。或いは其処までの感覚は戻っていないのか。
その時、急に三味線の音が鳴り響いた。
沖田はぎくりと身を強張らせる。
「こっちだ」
声が聞こえ、そちらの方に視線を向けると、ただの壁だと思っていた場所に人影が浮かんだ。
驚きのあまり声も出せない沖田の傍に、その人影は近付いてきた。
「―――何だ、気付いてなかったのか」
沖田の鼻先まで顔を近付け、高杉は笑った。
微かに浮かんだ希望が無残に消える。
「包帯替える時も身体拭く時もぴくりともしねぇからもう駄目かと思ったが、案外しぶといな」
「・・・・・・」
全く記憶にないその事を、沖田は複雑な思いで聞いた。
「―――この跡も、まだ残ってる」
つ、と沖田の首筋に指を滑らせ笑う高杉に、身体が震えた。
激しい羞恥が襲う。
「銀時が、探してるよ」
「――――え・・・・」
「お前を探して、あちこちで暴れてんだよ」
「・・・嘘、だろ・・・?」
沖田は呆然と呟いた。
高杉は何も言わず、徐に沖田の唇を塞いだ。
「ん――――っ」
沖田は手足を夢中で動かして圧し掛かって来る身体を押し退けようとした。
「・・・いてぇな」
高杉は顔を顰めた。
「―――アンタも相当な暇人だな。こんな事より他にする事ぁ、山ほどあるんじゃねぇのかィ?」
「あるさ。山ほどな」
睨み付ける沖田の視線を受け、高杉も同じ視線を返す。
「お前が自分から俺の所へ来たんだ。わざわざ銀時如きに手ぇ出すほど暇じゃねぇんだよ」
恨むなら手前の浅はかさを恨め。
怒気を含む声に、沖田は危険を感じて身を捩った。
「俺がやるなら、江戸ごとあいつを消す」
「―――――」
そうだ。この男ならきっとそうするだろう。
沖田は本能的に感じる恐怖から、その身体の下から夢中で逃げ出した。
「元気じゃねぇか」
そう言った高杉に右腕を引かれ、そのあまりの痛みに怯むが、絡みつく指を剥がす。
襖を開けて廊下へ逃げ出した沖田は、出口へ向かって走った。
―――こんなに遠かっただろうか?
数日前のあやふやな記憶をたどるが、はっきりとした道筋は浮かんでこなかった。
今の衝撃で傷口から血が染み出してきたのが分かる。
階段を昇ったり降りたり、迷路のような廊下を歩き、行き止まりで沖田は足を止めた。
昇り始めた陽の光が、足元を照らしていた。
「・・・・・・」
沖田はふらりと、その明かりの元へ足を運んだ。
其処にある窓からはターミナルが見える。けれどどこかが違う。
「――――っ」
沖田はその窓に縋りついた。
「・・・違う・・・」
「そうだ、違うんだよ。お前が寝てる間に前居た場所から移ったからなぁ」
明らかにこの状況を楽しんでいる声が背後から聞こえ、沖田は瞼を閉じた。
「そうそう、諦めるのが無難だ」
後ろから身体を壁に押し付けられ、高杉の指が着物の中に入り込んでくる。
その手が肌の上を滑り、胸の突起を啄ばむ様に弄り、もう片方の手で沖田の下半身に触れた。
「っ」
下を向いたままのそれに指を絡ませ、ゆっくりと上下に動かす。
「元気になったんなら、イイ声聞かせてくれよ」
高杉は耳元で囁いてねっとりと耳朶に舌を這わせてくる。沖田の身体が震えた。
「――――ん・・・、」
そんな余裕などない筈なのに、身体はあっけなく反応を始める。
「・・・ぁ、はぁっ・・・」
熱い息を吐きだし、沖田は仰け反った。
扱かれている場所が確かに欲望を吐き出したがっている。
それを見計らい、高杉は沖田の着物を腰元まで捲り上げ、双丘に手を掛けた。
立ったまま腰を引かれ、自然、自分から臀部を突き出す格好になっていた。
慣らす事もなく、高杉は沖田の蕾に自身を侵入れてくる。
「―――あぁっ」
噛み締めていた筈の口から甘い声が洩れたが、それを気にする意識も薄れてる。
前から、後ろから与えられる刺激に息が乱れ、縋りついた窓に指先の色が変わるほど手を押し付けた。
目の前の景色が霞み、江戸の町が遠くに離れていく。
「っ、はぁ、はぁっ」
高杉が腰を押し付けて来る度、快感の波が激しく押し寄せる。
固くなった沖田の中心から先走りの液が流れ始め、廊下に水音が響き始めた。
仕上げとばかりに、高杉の手に力が篭る。その思惑通りに限界に導かれる。
「――――あああぁ・・・!」
びくん、と痙攣して、沖田は彼の手の中に白い欲望を吐き出した。
「っ、」
同時に背後で息を呑む気配がする。
どくん、どくんと液が迸る度、高杉の息も乱れ始めた。
「・・・いい、身体だなぁ・・・」
沖田の身体を抱かかえ、高杉は今度は自分の為に腰を動かした。
程なく、彼の欲望も沖田の内部で弾け、それに再び快感を覚える。
彼の茎が身体の中で震える度、沖田も強くそれを締め付けた。
互いの息が落ち着くまで、後ろから抱き締められたままだった。
腿を伝って、彼のと自分の液が廊下へと落ちていく。どうしようもない脱力感。
「来い。洗ってやる」
そう言って、高杉は沖田から身体を離すと背を向けた。
「―――――・・・・」
沖田は小さく首を振って、もう一度窓を見た。
衝動が突き抜けたのはその瞬間だった。
大きく両腕を振り上げ、真っ直ぐにそのガラス目掛けて振り下ろした。
がん、という大きな音が響き、高杉は目を見開いた。
続け様に何度も振り下ろし、ガラスにヒビが入る。
「――――何、してんだ!?」
振り返り、沖田のその姿を見た高杉は駆け寄ってきた。
沖田の肩を掴んで見ると、傷口からは血がどんどん染み出してきている。
「―――離せ」
高杉を見もせずに呟いた沖田の両目からは静かに涙が流れ出ていた。
「俺ァ、あそこに帰るんだ」
「―――――」
「手前なんかにゃあ、絶対に荒らさせねぇよ。こんなこと、何でもねェ」
再び窓へ近寄ろうとする沖田を、高杉は羽交い絞めにした。
「離せ―――――っ!」
沖田が叫んだその時、ガラスが割れる音が響いた。
二人の上に割れたガラスが降り落ち、外から飛んできて窓を壊した物が、音を立てて転がる。
それは木刀だった。
“洞爺湖”
そう書かれている。
「―――――」
沖田は信じられない思いでそれを見つめた。
「――――旦那・・・・」
呟いた言葉に、高杉は舌打ちした。
「早すぎる」
「沖田―――っ!そこか―――っ!?」
銀時の声が聞こえ、沖田は外へと向かって手を伸ばした。
「旦那・・・!」
高杉はそんな沖田の腰に手を回し、抱え上げると階段を駆け下りた。
「―――はな、せ・・・!」
「反吐が出るぜ、正義面翳しやがって」
裏口へと向かっているのかと思ったが、高杉は館の奥の扉を開け、更に続く道を走り抜けて行く。
沖田はその肩の上で必死に抵抗していた。
背中に肘鉄を食らわそうと腕を振り上げた瞬間、高杉は沖田を下ろした。
「残念だが、ここまでだ」
後ろから付いて来た高杉の仲間達が彼に目配せをして、二人を追い越していく。
「連れて逃げるにゃあ、元気過ぎるよ、お前は」
「殺す」
沖田は立ち上がり、高杉を睨み付けた。
「絶対、追い詰めて殺してやる」
「楽しみにしてるよ」
にやりと笑い、高杉は身を翻した。
「またな」
去り際に残した彼の言葉に沖田は眉を顰め、ゆっくりと振り向いた。
自分の流した血の跡が廊下に点々と付いている。
「おーい。・・・誰もいねぇじゃねぇか。おーい、沖田ぁーっ!」
あの人の声が近付いてくる。
――――本当に、こんな所まで来てくれるとは思っていなかった。
沖田は顔を上げると、声の方向に向かって歩き出した。
















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原チャリに乗った王子様登場。
ははは。本当、ありきたりな展開で・・・申し訳ない・・・。
こういう話書くと更に文章の拙さが目立ってイヤ。