風の行方 弐







生ける者の気配のない、戦の跡。
淀んだ空、焼ける匂い。むせ返る血臭。
そんな地獄のような場所に、二人は居た。
「――――手前を、許さねぇ」
額から、肩から血を流しながら、片膝をついた姿勢で男はもう一人を見上げる。
片方の男も同じ様に血を流し、しかし、ただやるせなく男を見返す。
「手前を・・・、許さねぇ」
繰り返されるその言葉は、深く銀時の耳に残っていた―――――










その日は嫌な空模様だった。
胸騒ぎを感じながら、沖田は一番隊を引き連れ、港の警備に当たっていた。
数ヶ月前にやられた肩の傷も完治し、外面は以前と何も変わりはない。
が、嵐でも来そうな空を見上げると、彼を思い出す。
全身の毛が逆立つような、身体の内側から棘で刺されるような痛みが沖田を襲う。
「―――――隊長!」
緊張した声に、沖田は振り向いた。
「・・・何か、あったか?」
「隊士が・・・、二、三人姿を消しました」
「――――何だって?」
沖田の顔が強張る。
「今、近辺を探索しています」
「――――いや、待て。散らばるな。一旦集まって、応援呼んでからにする」
先程の胸騒ぎが強くなる。心臓がどくどくと脈打つのが聞こえる様だ。
その時、鼻先を過ぎった血の臭いに沖田は顔を上げた。
「・・・・・・」
嫌な予感に捕らわれながらも、じりじりと臭いの方へ足を進め、沖田は刀を抜いた。
路地へと辿り着くと、其処には真撰組隊士が三人、血を流して倒れていた。
「―――――・・・」
闇雲に足を踏み入れるのには懲りた。
沖田はその場から離れると、気配を探りながら携帯のボタンに指を充てた。
「おっと、そこまでだ」
その声に、沖田はびくりと身体を震わせた。
―――――気配など、なかった筈だ。
信じられない、という風に顔を上げ、声の主を確認した沖田は息を呑んだ。
やはり、以前彼の気配を読めなかったのは自分のせいではない。
彼は相当、腕が立つのだ。
「それを捨てろ」
彼、―――高杉はまだ息のある隊士の首筋に剣を充て、沖田を見据えていた。
沖田は携帯を握り締めた。
「・・・無駄でィ。こっちは何人居ると思ってんだ。お前こそそれを捨てろ」
「俺が独りだと思ってんのか?」
言って、高杉はにやりと笑った。
「一番隊を全滅させたくねぇなら、お前が言う事聞け」
「―――――どうして・・・、」
再び、目の前に現われた?
沖田は震えだす身体を押さえる事が出来なかった。
もう一度会う時は、こちらが彼を追い詰める時だ。そうであって欲しかった。
「お前が全然来ねぇから、迎えに来てやったんじゃねぇか」
高杉は力を込めると、隊士の首を掻き切った。
勢い良く血飛沫が舞い、彼は声もなく事切れた。
「責任、取ってもらおうと思ってよぉ」
顔に降り掛かった返り血を拭いながら、高杉はゆっくりとした足取りで沖田に近付いた。
沖田の手から、携帯が滑り落ちる。
「あれからどんな女も、太夫を抱いても満足できなくてよぉ」
思わず顔を逸らした沖田の顎を掴み、高杉は至近距離で覗き込んできた。
「抵抗してもいいぜ?今日は腕の一、二本、落としてでも連れて行くからな」
「―――――っ、」
高杉の手を振り払おうと上げた手を掴まれる。
「でも出来たら、そのまんまがいいな」
「!」
突然顔にスプレーを吹き付けられ、沖田は目を閉じた。
途端、傾ぐ身体。
「今度は二度と、銀時には会えねぇよ」
嘲笑う高杉の声を聞きながら、沖田は意識が遠のいていくのを感じていた。








「・・・銀時は、お前を抱いたか?」
朦朧としたままの頭に、高杉の声だけが響く。
「殺して・・・・」
殺して欲しい。
薬のせいで身体中が重い。指一本動かせない状態なのに、意識だけはある。
そして、自分を貫く高杉を感じる感覚もある。


――――――もう、止めようと思った。
そう言った銀時の声が蘇る。
「土方に金を貰って、割り切って・・・、もうお前を抱くのは止めようと思った」
でも・・・、
「あいつがお前をそんな目に合わせたんなら、責任は俺にある」
銀時の瞳に暗い過去が映った。
「・・・済まねぇ」
頭を下げた銀時は、沖田に触れようとしなかった。


―――関係、ないのに。
沖田にとって、銀時の事と今回の事は関係ない。
自分がヘマをやって、痛い目を見た。それを銀時が救ってくれた。
別れるとか、責任とかは関係ない。
元々、一緒に居たいから居るだけ。
それだけなのに・・・・。
目を閉じた沖田に、高杉は耳元で囁いた。
「銀時の事、考えてるだろう?」
「・・・・・」
「だから、お前じゃなきゃ駄目なのかもなぁ」
開くのも億劫な口を、沖田は懸命に動かした。
「・・・お前のはただの、逆恨みだ・・・。旦那が気になって仕方ねぇのは・・・」
お前じゃねぇか。
辛くて、全部は口に出来なかった。
が、沖田の言葉に高杉は口元を歪めた。
「その通りだよ」






















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久し振りに時間が出来て書いてます。
んが・・・、眠い・・・。