特別な日



その日、朝からハウルの姿が見えなかった。
寝ているだけだと思っていたソフィ−は、ふとモップをかけていた手を止めて、マルクルに訊ねた。
「 ハウルはどこかへ行ったの? 」
マルクルはハウルから渡されたらしい魔法の呪文の書かれた紙とにらめっこをしながら、
「 はい。行き先はわかんないけど。あ、そう言えばハウルさんが部屋の掃除をしといてくれって・・・ 」
思い出したようにそう答え、再び紙を眺めた。
ソフィ−は驚いてマルクルを振りかえった。
「 ハウルの部屋を!?掃除!?本当にそう言ったの? 」
「 あ、はい。確かにソフィ−に伝えてくれって・・・。・・・おかしいですよね・・・ 」
ソフィ−の驚き振りに、マルクルもようやく紙から目を離して考えた。
「 でも、ソフィ−に掃除させるのなら不思議じゃないな。ハウルさんも部屋は綺麗な方がいいと気付いたんじゃないですか? 」
嘘だわ。ヘタに弄ってまた呪文を台無しにしてしまったりしたら、また緑のどろどろだもの。ソフィ−は首をすくめた。聞かなかった事にしようと思いながら。
「 僕はちゃんと伝えましたからね、ソフィ− 」
マルクルはじっとソフィ−を見つめた。
「 ・・・マルクル、それ、新しい呪文? 」
「 はい。昨日ハウルさんから謎を解くようにって渡されたんです。物を動かす魔法です 」
「 そう 」
ソフィ−はため息を吐いて、ハウルの部屋がある二階を見上げた。


「 まじないはともかく、この薄汚れた布団だけはなんとかしたいと思ってたのよ 」
ソフィ−はハウルの部屋に入ると、大きな声で言った。とりあえず気合を入れるためだった。
全く信じられない。あれだけお洒落しても姿がカッコ良くてもこんな部屋で平気なようじゃ台無し。救いなのは今まで会った、ハウルと恋をした女の子達がこの家を見たことがないってことね。あんな浴室で髪を洗ってると知ったらそれだけで皆逃げていくわ。若いままこの城に入り込んでいたら私だって逃げ出した。
ぶつぶつと文句を言いつつ、棚に無造作に置かれた瓶や箱などには触らないように気を付けながら、ソフィ−は隅々まで綺麗に磨いた。
「 でも・・・ 」
今までこの部屋だけは触るなと言っていたハウルが、何故突然綺麗にしたいなどと言い出したのだろう?ソフィ−も入りたいとさえ思わなかったからどちらでも別にいいのだけれど。
「 さすがにこれだけ綺麗になったら私も気持ちいいわね・・・ 」
ようやく一息吐いた時には何時の間にかすっかり日が傾き、夜の闇が近くまで迫っていた。
「 ハウル、遅いわね・・・ 」
呟いて、夕食の仕度をする為にソフィ−は階下へと降りていった。

「 呪文の謎は解けたの? 」
「 もう少し・・・ 」
マルクルは食事の間も呪文の書かれた紙を離さず、ソフィ−に叱られた。ずっと大人しくしていたカルシファ−が急に口を開いた。
「 今日は遅くなると思うよ 」
「 カルシファ−、行き先を知ってるの? 」
「 おいらは何も言わないよ 」
カルシファ−は、しまった、と言うように顔をしかめて再び薪の中へ潜り込むと青白い炎をちろちろとさせた。その後はどんなに問い詰めても何も言おうとはしなかった。
ソフィ−がいつもの自分の布団に潜り込もうとした時、カルシファ−は一言、
「 ハウルは意味もなく掃除させたりしないと思うよ 」
とだけ言った。
昼間の疲れもあって、ソフィ−はすぐに深い眠りに落ちていた。深夜、ハウルが帰って来て二階に上がる足音にも全く気がつかなかった。そして、その足音が再び降りてきてすぐ近くに来たのも。


ふと目を覚ましたソフィ−は、暗闇の中人影が静かに佇んでいるのを見た時、本当に驚いた。
思わず叫びそうになって口を押さえ、落ちついてもう一度その人影をよく見ると、それはハウルだった。しかも、一人静かに泣いていた。一気に目が覚めたソフィ−は恐る恐る声を掛けた。
「 ・・・どうしたの?私、もしかしてまたおまじないを弄っちゃった? 」
黙って首を振るハウル。そして、
「 いいや。居心地が最高に悪いほど綺麗になってる 」
と、言った。
どう言う意味よ。
ソフィ−はむっとして口を開いた。
「 あなたがやれって言ったんでしょう?じゃなきゃ私だってあんな部屋入りたくなかったわよ 」
「 マルクルはちゃんと伝えてくれたんだね 」
「 そうよ。マルクルは立派な子よ 」
「 じゃあ、どうしてきみはまたここで寝てるの? 」
ふと顔を上げて、ハウルは真っ直ぐにソフィ−を見た。質問の意味がわからなくて、ソフィ−は口を閉じた。
しばらく考えてから、その答えに辿りつく。
「 一緒に寝たいから掃除させたの? 」
「 あんな落ちつかない部屋に一人で寝られないよ。でも綺麗にしなきゃソフィ−は嫌だって言うし 」
「 ・・・当たり前じゃない。初めから言ってくれれば・・・ 」
「 どうしてわかんないんだよ 」
途方に暮れた子供のようにほろほろとハウルは涙を流した。
綺麗な、澄んだ泉から水が溢れ出ている様だとソフィ−はぼんやりとその雫に見とれた。
「 ・・・でも、それが泣くほどのことなの? 」
こくん、とハウルはうなずいた。
「 僕がどんな覚悟をしてもきみには伝わらない。ソフィ−はわからない 」
「 自分がはっきりしないからでしょう?どんな覚悟をしたっていうの?はっきり言ってよ! 」
ソフィ−は駄目だと思いながらも、つい苛々と声を荒げて言った。
ハウルはまだ涙を流しながら口を開いた。
「 今日僕は僕の故郷に行っていた。こことは別の次元にある全くの別世界だけど 」
そこに姉さんがいる、と続けた。
「 僕は姉さんが苦手だけど、言いに行ったんだ。結婚するって 」
ソフィ−は耳を疑った。
「 けっ・・・? 」
結婚?誰と?
言葉が続かない。全くの初耳だった。
「 なのにきみは、何時もの通りぐうぐう寝てる 」
そう言って、また悲しそうにぽろぽろと雫をこぼした。
泣きたいのはこっちよ!
ソフィ−はわ--っと声を出した。つられて涙も出てきた。
「 どうして最初に私に言わないのよ!もういや!ハウルに振りまわされるのはもうたくさん! 」
「 どうしてソフィ−が泣くの。ソフィ−が分からないからだろ?心を込めた贈り物も甘い言葉も通じない。僕はどうしていいかわからない 」
「 通じてるわ!嬉しいわよ!でも他の女の子みたいに扱われるのが嫌なだけ!分からないのはハウルよ!どうしていいかわからないのは私よ! 」
二人で泣いていた。ハウルは静かに、ソフィ−は大声で。
何事かとマルクルが起き出した。カルシファ−はじっと二人を見つめていた。
「 だから言ったろ?大体にしてソフィ−は鈍くてハウルは自分勝手なんだ。余計なことしたらおいらが二人に怒られるし 」
カルシファ−は心底嫌そうに呟いた。
ソフィ−は肩を揺らして泣きながら扉へと歩いた。もう出ていく!そう心に決めて。
「 だめ!ソフィ−、出てっちゃだめ!! 」
マルクルは慌てて叫んだ。
「 うわあ、緑のどろどろだあ 」
カルシファ−が震える。
マルクルは必死で走ってソフィ−の足にしがみついた。
「 いなくなっちゃ、嫌だ!家族だって言ったのに!! 」
マルクルの言葉にソフィ−ははっとした。その小さな瞳にも涙が溢れている。
「 ・・・だって、ハウルが・・・ 」
「 ハウルさんはいつもああいう人だよ!ソフィ−がわかんなくてどうするの!? 」
「 だって・・・、だって・・・ 」
泣きじゃくるソフィ−の背中を押して、マルクルはハウルの傍へと連れて行った。
「 いい加減にしろよ、ハウル。喧嘩するならおいらソフィ−に全部しゃべっちゃうぜ?「がやがや谷」に新しい大きなお屋敷を作ってることとか。大体口止めするからヘンなんだ 」
捲くし立てる赤い炎をハウルは力なく見つめた。
「 うん・・・ 」
「 おいおい、うなずくなよ〜・・・。怒れよ〜・・・ 」
カルシファ−は情けない声を出す。
マルクルはつい先程謎を解いて、一生懸命覚えたばかりの呪文を唱えた。
ハウルとソフィ−の体は宙に舞いあがり、でもほんの少しだが。ゆっくりと、危なげに階段を上がっていく。やがて、ハウルの部屋の前まで行くと、どたり、と音を立てて落ちた。
「 私、疲れてるのよ 」
ひっく、としゃくりあげながらソフィ−はハウルを見た。
「 僕もだよ。今すぐ寝たい 」
ハウルもソフィ−を見つめ返し、涙を拭った。
ふらふらと部屋に消えた二人を見ながら、マルクルとカルシファ−はため息を吐いた。
「 なんて世話のかかる二人! 」
「 でも案外あれで二人とも楽しそうだい。おいらたちがばかみたいだ 」


その晩、綺麗になったハウルの部屋でハウルとソフィ−は手をつないで眠った。

この情けなくて呆れた日が、二人の特別な日だった。



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映画と原作とごちゃまぜ〜。おまけにたまき様の小説の設定まで頭の中でぐるぐる回ってる〜。
本日見た二回目ハウルがあまりにカッコ良かったので情けなさ全面にしてみました〜(やめろ・・・)
おまけがあります。明日辺りアップ予定。