覚めない夢




ここに、ミラ−ワ−ルドは存在しない。

秋山蓮はショ−ウィンドウに映った自分を見つめた。
背後を行き交う人達は、彼を気にも止めずに通り過ぎて行く。
――― ここに居る自分は、本当の自分なのだろうか・・・?
深く息を吐いて、蓮はそのままガラスに凭れた。
数日前何気なく入った、花鶏という紅茶専門店で、城戸真司に出会った。
初めて会った筈なのに何故か心に引っ掛かった彼に背を向けた途端、全てを思い出した。
ミラ−ワ−ルドでのライダ−達との戦い。そして、その結末。
驚いて花鶏に引き返したが、其処にはきょとんした表情の真司と、「 お客さん、忘れ物?」と微笑みかけるオ−ナ−。
そして・・・、優衣はいなかった。代わりに、飾られた写真立てには微笑む神崎兄妹の幼い頃の姿。
何が起こったのか解らなかった。
呆然と立ち尽くす蓮に、真司は引き攣った表情で声を掛けてきた。
( 何だよ・・・。いちゃもんつけに来たのか?言っとくけど俺、あんたのバイクには触ってないから )
( ――― 無事・・・、なのか・・・ )
溜息と共に吐き出された蓮の言葉に、眉を寄せた真司の顔が脳裏を過る。
ガラスに背を預けたまま、自然と浮かんだ笑みを隠す事もせず、蓮は素直に安堵していた。
蓮にだけあの記憶が蘇ったのは、彼が最後のライダ−だからかもしれない。
だが、そんな事はどうでもよかった。記憶などいらない。自分の命さえ、いらなかった。ただ真司が笑っていれば、それだけで良かった。
彼の最期の瞬間。
思い出すだけで、胸が裂かれそうだ。
血の気を失った白い顔を染める紅。
握り締めた手が次第に力を失っていくのを、絶望的な思いで見つめた。
底の無い闇へと沈んで行く感覚。
蓮が愛した気高い精神は、その瞬間までそこにあった。
神でも何でも構わない、蓮は初めて目に見えないものに縋っていた。
誰の力でも、いい。
雫が蓮の頬を伝って、落ちた。

―――― 彼を蘇らせてくれたものに、心から感謝している ―――







それからも蓮は度々、花鶏へ足を運んだ。
彼が自分を覚えてなくても構わない。
偶に会える彼の笑顔を垣間見る事ができれば、それで良かった。
今日も真司は花鶏に来ていて、カウンタ−に座って居心地悪そうに紅茶をすすっている。
蓮は少し離れたテ−ブル席に腰を落ち着けた。
「 ・・・ お姉さん 」
真司は、どう見てもそう呼ばれるのに相応しくないここのオ−ナ−に声を掛けた。
「 なぁに? 」
あからさまなお世辞でも充分嬉しいらしい、彼女はにっこりと笑みを返す。
「 ・・・ この写真さあ、お姉さんのお孫さん? 」
言い終わらないうちに真司の頭にトレイが勢い良く当たった。
「 お姉さんと呼んだその口でそんな事言うの?・・・ 表に出なさい 」
先程の笑顔はすっかり消えて、おそろしい形相の彼女に、真司は慌てて謝った。
「 間違えた!・・・その、い、妹さんと弟さん? 」
「 ん〜、おしい。姪と甥よ。・・・ とっくに、死んじゃったけど 」
淋しそうに瞳を伏せた彼女を見つめ、蓮は呟いた。
「 ・・・ 死んだ ・・・ 」
蓮には二つの記憶が同時にあった。
一つはライダ−としての記憶。
もう一つは、幸せな普通の家庭に育ち、人に褒められない仕事などせず、喧嘩を売ったり買ったりも以前ほどはしていない自分の記憶。
淋しい者同士慰めあった恋人にも、ここでは出会っていない。
どちらが嘘かは曖昧だった。
時間が経つにつれ、あれは全て自分の夢だったのではないかと思い始めている。
あれから他のライダ−達の足跡を辿った蓮は、彼等全員が幸せな道を歩んでいる事を知った。
「 幸せ、・・・ か 」
それとも、此処は天国とやらかもしれない。
先程から一文も読んでいない新聞に目を落とす。文字を辿っても内容などまるで頭には入って来なかった。溜息を吐いて、冷めかけの紅茶に手を伸ばした時だった。
真司の気配がすぐ側にある事に気が付いたのは。
驚いて顔を上げると、彼が自分を見下ろしている。
「 ・・・ 何か用か? 」
平静を装い、低く問い掛けた。
「 あんたさ、よく此処来るよな 」
「 ・・・ それがどうした 」
「 前に俺と、どっかで会った事ない? 」
「 ――――― ない 」
答えた声が、自分でもはっきりと分かるほどに震えていた。
潮時だと、何所かで声がする。
今の彼にとって、自分は必要の無い存在だと。
再び真司の瞳を見れば、抑えていた想いが暴走する事は目に見えていた。
視線を逸らしたまま、蓮はテ−ブルの上に代金を置いて無言で花鶏を後にした。
「 おい!ちょっと待てって! 」
早足でバイクに向かう蓮を真司は追い掛けてきた。
「 また会うかもしんないんだしさ、名前くらい教えろよ。あ、俺はこ−ゆ−者です 」
蓮の腕を掴んで引き止めながら、真司は勢いよく名詞を差し出した。
「 ・・・・・ 」
そこに並ぶ文字は記憶にあった。その懐かしさと愛しさに言葉を失くす。
蓮は瞳を閉じた。
もう一つの世界の記憶が蓮を苛む。忘れるどころか、彼に対する気持ちは膨れて行くばかりだ。何度もそれを飲み込み、その熱さに焼かれて行く。
その痛みを、ただ一人で抱えて生きていくのだと決めていた。
彼を永遠に失う、あの痛みに比べれば容易い事だった。
彼に名詞を突き返して、蓮は口を開いた。
「 必要ない。俺はもう、此処へは来ない 」
「 え?そうなの? 」
驚いて手を離した真司からゆっくりと離れる。
振り切るように彼に背中を向けバイクに跨り、蓮はもう一つの行き先を目指した。







―――― 神崎邸。
優衣と士郎が育った家。
家中のガラスを覆っていた目隠しは全て取り除かれ、そこは明るい光に満ちていた。
鍵のかかっていない玄関から中へと滑り込み、覚えのある階段を一段ずつ上っていく。
二階の一室へと足を踏み入れて、ぐるりと室内を見回す。
「 優衣。――― お前は今、幸せか・・・ ? 」
無人のその家で、誰にでもなく蓮はそっと囁いた。
返事を期待した訳ではなかった。が、
( ―――― 幸せだよ、蓮 ・・・ )
不意に耳に届いたその声に、振り返る。
部屋の奥に置いてある鏡の中に、優衣は居た。
微笑みを浮かべながら。
( ―――― きっと、来てくれると思ってた )
その姿を確認して、やはりあれは夢ではないのだと確信した。
言いたい事はたくさんあったが、彼女の幸せそうな表情に、蓮の胸につかえていたものが流れ消えていく。先程の真司との別れの辛さも、和らいだ気がした。
「 ・・・ ここは、現実なのか・・・? 」
( ―――― うん。お兄ちゃんと時間を戻したの。ちょっとだけ、修正を入れてね )
悪戯っぽく笑う優衣に、蓮も笑みを返す。
「 ちょっとだけ、か ・・・ 」
( ―――― ごめんね、蓮にだけあの記憶を残しちゃって。・・・ でも、忘れてほしくなかった。私達の事、覚えていて欲しかった・・・ )
「 構わない。 俺は ・・・ 忘れない 」
それは蓮の本心からの言葉だった。怒りなどある筈がない。
彼女の目に涙が光り、ありがとう、という、呟きが聞こえた。
その時だった。背後でゆっくりと扉が開く音が聞こえ、息を呑む気配が伝わってきた。
「 ―――― 優衣、ちゃん ・・・ ? 」
その声に振り返ると、入り口に呆然と佇んでいるのは、真司だった。
「 ・・・ ごめん、後をつけたりして・・・ 。でも、初めて会った時からどうしてもお前の事が気になって ・・・ 」
何も言わず真司を見つめる蓮の前で、彼は戸惑うように視線を床に落とし、続けた。
「 ・・・ 気に、なって・・・ 」
その声が次第に震え出す。
「 ――――― やっと、理由が、解かった ・・・ ! 」
絞り出すように告げながら、彼は自分の両手で顔を覆った。
「 ・・・ 城戸 ・・・ 」
蓮は、真司の指の間から零れるいくつもの涙の筋を目を細めて見つめ、何時の間にか鏡の中の優衣の姿が消えている事に気がついた。
「 ・・・ 余計な事ばかり、するんだな ・・・ 」
蓮は、もう二度と会う事はないであろう鏡の世界の住人に、そっと囁いた。


―――― 世界に満ちた白い光と、近くに在る彼。

この夢は、決して果てる事などないように ・・・ 。


蓮は、強く祈っていた ・・・ ――――






next・・・

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く〜〜〜さ〜〜〜。
最終回見た直後からこの話が頭の中をぐ〜るぐる周っておりました。しかし途中まで書いて、どうしてもシリアスに治まらなく、苦しみました(笑) 穴だらけの文です(← いつも)
蓮がメロメロな上にスト−カ−。そしてプ−。彼の仕事がどうしても決まらない。幸せな家庭に育つ蓮ってどんなん?あ、まっすんみたいなのかな?
真司のピンチには「タ○シ−ド仮面参上!」(ダ−クウイング仮面?)(ちゃららら〜♪)とか言って登場しそうで怖い。続きはギャグです。この世は二人の世界vです。結婚しちゃいます。新居は花鶏で蓮は奥さん(夜は逆)vそして、できたらオ−ルキャラv…書くとしたら、ですが(笑)

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