V



蓮が真司から離れて行こうとしているのは明らかだった。
無理のないことだ。自分達には一緒にいる理由がない。
蓮と別れた後真司は一人、原付を押しながら自宅であるアパ−トへと向かっていた。
記憶が戻ったことよりも、蓮の態度にショックを受けていた。
花鶏で彼を引き止めた時、「 もう此処へは来ない 」彼はそう言った。
真司が全てを悟った後も蓮の意思は変わらないように思えて、全てを洗い流したような彼の表情が、真司を不安にさせた。
真司は足を止め、深く息を吐き出した。
「 ――― こんな事なら・・・ 」
・・・ 出会わなければ良かった。
その呟きは言葉にならなかった。それが本心では無い事を、自分が一番良く知っている。
真司が再び重い溜息を吐いた時、ポケットの中で携帯の着信が鳴った。
鈍い動きでそれを取り出し、相手も確認せずに耳にあてる。
「 ・・・ もしもし 」
「 ちょっと、真司何してんの?何時間待ってると思ってんの? 」
突然飛び込んできた苛立ちを含んだ高い声に、真司は思わず顔を顰めた。
「 ・・・ あ、」
忘れていた。待ち合わせをしていたのだ。
霧島美穂。この世界で取材を通して知り合った彼女と、真司は何度か仕事以外で会っていた。
「 え、と・・・。ごめん、ちょっと行けなくなっちゃって・・・ 」
「 それで済ます気?今からでもいいから来いよ 」
そんな気分ではない、と言えるほど気の強くない真司は謝りながら、「とにかくこれから向かう」と言って電話を切った。
・・・ 彼女の存在も、蓮は知らない。
本当にあの時とは違う時間の流れに居るのだと実感する。
知らない内に溜息が漏れているのに気がつき、真司は顔を上げた。
これで最後ではないと、自身に言い聞かせる。
「 ・・・ 生きてるんだから 」
白い息と共に吐き出し、真司は原付に跨ると勢いよくアクセルをまわした。


「 遅い! 」
美穂は綺麗な顔をこれ以上はないほどに顰めて、慌てて駆け寄る真司を睨み付けた。
「 ごめん・・・ 。帰ってくれて良かったのに 」
「 待ってたのにそういうコト言う?ありがとうだろ! 」
「 あ、ありがと・・・ 」
肩で息をしながら素直に礼を言う真司に、彼女の瞳が少しだけ優しくなる。
「 待ってる間色んな人に声掛けられたんだ 」
「 へえ・・・ 」
時計を見ながら返事をする真司に、美穂はむっとして、
「 男だぞ?気にならないの? 」
「 ああ、暗いから痴漢には気をつけないと駄目だぞ 」
真司は思い付いたように人差し指を立てて注意する。
「 こんな時だけ大人振るなよ。誰の為に何時間も待ってたと思ってんの? 」
ぶつぶつと文句を言う彼女の言葉はしかし、真司の耳に届いてはいなかった。
「 ・・・ 真司? 」
ふと、その様子に気付いた美穂が眉を寄せる。
「 何か、あったの? 」
その問い掛けにも気付かない様子で、真司はぼんやりと遠くを見ている。
「 真司! 」
「 ・・・ え?な、何だっけ? 」
はっと我に帰る真司を、美穂は心配そうな顔で見つめた。
「 何かあったんでしょ?・・・ 私に話せない事? 」
真司はそっと顔を上げて、彼女の揺れる瞳を見つめ返した。
―――― 果たして・・・この世界の人間に理解出来る事だろうか?
もう一つの記憶があり、そこで自分は命を懸けて戦い、そして・・・ 死んでいると。
だが、今の真司の頭をしめているのはその事ではなく、自分から離れて行こうとしている男の事だけだった。
「 ・・・ 辛い ・・・。苦しくて、怖い ・・・ 」
自分でも思いがけない言葉が口を衝いて出た。
その言葉に美穂が驚いているのが分かった。
「 ・・・ 何が? 」
美穂は労るように真司の腕に触れ、そっと近寄る。
「 何が、怖いの? 」
「 もう、二度と、会えないかもしれない ・・・ 」
真司はぎゅっと眉を寄せ、途切れ途切れに胸の内を彼女に語った。
最後ではないと思っていながら、拭いきれない不安。
失いたくない。
その未来を想像しただけで苦しみが襲う。
あの頃と何も変わってなどいない。
後悔と、未来に脅える自分。何も出来ない自分。
詳しい事は何一つ語らない真司に、それでも懸命に耳を傾け、美穂はそっと息を吐き出した。
「 真司・・・ その人のこと、好きなんだ ・・・ 」
その言葉に真司は僅かに眼を見開き、そして、観念したように小さく頷いた。
「 どうしてその人に会えないの?遠くへ行っちゃうの? 」
「 ・・・ 分からないけど、多分あいつは俺に会いたくないと思う 」
「 はっきり言われた訳じゃないんだろ?何でそんなに後ろ向きなんだよ? 」
「 ・・・ 俺には、何も変えられないから ・・・ 」
嫌というほど思い知った。
望んでも願っても手に入らないものの存在。
あの戦いで幸せになった者など一人もいなかった。多くの犠牲の上に叶えた願いすら、悲しい結末だったというのに。
―――― それなのに・・・ 、どうして蓮は全てを受け入れる事ができたのだろう・・・ 。
「 ・・・ 何も、変わらないけど ・・・ 」
真司は呟いた。
「 俺、あいつの口から本当の事を聞きたい 」
結局、自分で動くしかないのだ。
顔を上げて前を見据える真司を、美穂は目を細めて見つめた。
「 うん。いなくなっても探せばいい事だしね。頑張れよ 」
「 ・・・ ごめんな、変な事言っちゃって 」
真司に笑顔が戻り、美穂は安堵の表情を浮かべた。
「 びっくりした。真剣な顔してる真司なんて初めて見た。ま、振られたら私が面倒見てあげるから安心して行っといで 」
ぽん、と肩を叩かれて、真司は笑った。
「 何言ってんだよ。相手は男だって 」
じゃ、と軽く手を振ってバイクへと走る真司の後ろ姿を見送りながら、美穂は呟いた。
「 本当〜に、鈍い奴・・・ 」





とにかく、蓮に会えるとしたら花鶏だけだ。
翌日から真司は店先に原付を止め、仁王立ちで蓮を待った。
店の中からオ−ナ−の厳しい視線が突き刺さるが、気にしてなどいられない。
とりあえず一週間は粘って、その後はまた考えよう。
真司がそう思った時、実にあっけなく、耳に慣れたバイク音が聞こえてきた。
「 ―――― へ? 」
赤い原付の隣にバイクを滑り込ませると、相変わらず黒づくめの衣服に身を包んだ彼はヘルメットを取り、真司に視線を向けた。
「 早いな 」
「 ・・・ ま、まあな ・・・ 」
蓮の言葉に思わず笑顔で返し、それに気づいて真司はぶんぶんと頭を振った。
「 どうした?また変な物食ったか? 」
「 違う!どうしてここに来るんだ?もう来ないんじゃなかったのか? 」
「 ・・・ お前がまだ何か聞きたそうだったから。・・・ 必要なかったか 」
そう言うと蓮は脱いだヘルメットを再び頭に戻した。
「 違うって!!聞きたいのはそうだけど、違う! 」
真司は慌ててエンジンをかける蓮の腕にしがみついた。
「 お前はもう俺に会いたくないんだと思ったから。びっくりして、悩んだ事後悔した 」
「 ・・・ 悩んだ? 」
「 もう、色々。でも俺は会いたかったから、ここで待ってたんだ 」
「 ・・・・・ 」
蓮はもう一度ヘルメットを取ると、エンジンを切ってバイクから降りた。
「 で、何を聞きたい?北岡はお前の方がよく知っているだろうし、手塚なら駅前で占いをしている。浅倉は喧嘩はするが犯罪は犯してない 」
「 ・・・ そんな事じゃなくて・・・ 」
真司は苦笑を浮かべた。
「 それを全部聞いて俺が納得したら、お前はどうするんだ?二度と、俺に会わないつもりなんだろ? 」
「 ・・・・・ 」
「 もちろん、皆の事は気になるけど・・・。俺が聞きたいのは、どうしてお前がこの世界を受け入れる事が出来たのか、ってコト 」
真司は蓮の瞳を見上げながら、続けた。
「 俺は・・・ 、俺は受け入れられない。皆死んじゃったけど、あの最期の方が俺は良かった 」
「 ・・・ 死にたいのか・・・ ? 」
蓮の瞳に動揺が過った。
「 あの時、蓮は俺だけを見てた。俺の言葉を聞いて、泣いてくれた。死ぬなって・・・、言ってくれただろ・・・。あの瞬間に俺の全てが終わって、それで、良かったんだ 」
「 ・・・ 城戸 ・・・ 」
蓮は、解からない、と呟いた。
「 戦いを止めるのがお前の願いだと言ったはずだ。戦いのないこの世界で、お前が望むものは一体何だ ? 」
「 ここまで言って解んないのかよ・・・。案外、鈍い奴だな 」
真司は笑った。
綺麗事のない純粋な願い。
死の瞬間まで気付く事のなかった願い。
それは、あまりに自分勝手で汚い欲望。
それを口にする事に躊躇いはあった。しかし、記憶が戻り、こうして再び蓮と向き合わなければ叶う事など永遠に、一分の可能性もない願いだった。
――― だから、あのまま終わりにしたかったのに ・・・ 。
浅ましい望みを引き摺る事のないまま、蓮の側で永遠に瞳を閉じて・・・。
・・・ でも、生きている。悲しい程にその実感が、ある。
真司は口元に笑みを乗せたまま、静かに口を開いた。
「 お前だよ、蓮 」
彼の瞳にどんな感情が浮かぶのか、知るのは怖かったが真司は視線を逸らさなかった。
「 生きているだけでいいなんて思えない。本当は、恵里さんとお前が一緒にいなくてほっとしてる。・・・ お前が生きて、近くにいないと意味がないんだ・・・ 」
「 ――――― ・・・ 」
見つめ返す漆黒の瞳が大きく見開かれた。
何も語らない彼の唇が震え、それを見つめながら、真司は涙が出そうになった。
「 ――― 蓮・・・、何、微笑ってんだよ ・・・―――― 」
彼は力が抜けたようにバイクに凭れ、今まで見たこともないような優しい視線を真司に送っていた。彼もまた泣いているように見えた。
彼が纏う張り詰めた空気が柔らぎ、心地良い時間が流れる。
「 俺は・・・ 綺麗事じゃなく、城戸、お前が生きていればいいと、ただそう思った 」
長い沈黙の後、蓮はぽつりと、呟くようにそう言った。



――― 何かを、変える事ができたのかもしれない・・・ 。

真司はそう思った。




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何故かでてきたファムちゃん。
この際エピソ−ドファイナルの設定は無視させて頂きました。
余計な設定を入れると私の頭じゃ上手くまとまらない!今でも充分まとまってないというのに!
イエ、一応オ−ルキャラを目指してみたんです…。



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