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「 ・・・ そういえば・・・、城戸、お前仕事は?
」
真司を我に帰らせたのは蓮の一言だった。
「 ―――― あっ!やばい!遅刻の電話入れるの忘れてた!
」
携帯を取り出しながら、真司は蓮ににっこりと笑って見せた。
「 俺さ、見習い卒業できたんだ。新入社員だけど、ちゃんとしたジャ−ナリストなんだぜ?
」
得意気に言う真司の言葉に、蓮の顔色が変った。
「 ――― 遅いだろ、真司 」
昼前にはOREジャ−ナルに到着したものの、編集長の声は怒りの為、低い。
「 はぁ・・・、ちょっと、引越ししてたもんで
」
真司はぽりぽりと頭を掻きながら、大久保の机の前に立った。
「 引越し?お前、あのアパ−ト追い出されたのか?
」
「 いえ!ここでは追い出されてません!」
「 ここでは? 」
「 いや、そうじゃなくって ・・・ 」
首を傾げる大久保に、真司は慌てて言葉を濁す。
――― あれから・・・。
顔色を変えた蓮は踵を返すと、花鶏に飛び込んだ。
慌てて後を追うと、蓮は花鶏のオ−ナ−である神崎沙奈子に住み込みで働かせて欲しいと、申し込んでいるところだった。
「 ・・・ 蓮!? 」
驚く真司の肩を引き寄せ、「 こいつも一緒に
」と付け加える。
この世界に優衣はいない。ただの客である自分達を、沙奈子が簡単に家に入れる筈などない。
真司は蓮を見上げたが、その表情は真剣そのものだ。
何の理由でこんな行動を起こしたのか、蓮の考えがさっぱり解らない。
「蓮、やめろよ」
蓮の腕を掴んで外へ連れ出そうとした時、真司の耳に沙奈子の信じられない一言が飛び込んだ。
「いいわよ。部屋も空いてるしね」
え?と顔を上げると、沙奈子は微笑みながら、
「なんか、あんた達には初めて会った気がしないのよねぇ」
「・・・」
その言葉に二人は思わず顔を見合わせた。
「甥っ子達が帰って来たみたいで・・・」
一瞬、士郎と優衣の顔が真司の脳裏を過ぎる。蓮もまた思い出したのだろう、小さく息を吐き出すと、
「よろしく頼む」
丁寧に頭を下げた。つられて真司も頭を下げる。
「ねえ。あんた達の事、士郎と優衣って呼んでいい?」
そう言う沙奈子に、
「それは嫌だ」
二人の声が重なった。
それからは記憶の中の生活を辿るように、あの頃と同じ毎日が始まった。
蓮の隣のベッドで目を覚まし、一緒に食事をして、花鶏から職場へと向かう。
違うのは優衣がいない事と、以前よりほんの少し優しい蓮。
微かな戸惑いを感じながらも、真司は花鶏に戻る事を渇望していた自分に気がついた。
――――― もしかして、蓮も・・・?
厨房でもくもくと皿を洗う蓮を振り返る。
「――― ねえ、真司」
その日はOREジャ−ナルは休みで、朝から二人は花鶏で働いていた。
例によって沙奈子はアマゾン同好会なるものに「留守番がいるのっていいわ〜」と言いながら出かけて行った。
客足も一段落した頃、霧島美穂が店にやって来たのだった。
「真司!」
「・・・え?な、何だっけ?」
はっと我に返る真司に、美穂は溜息を吐く。
「・・・あの人?真司の大事な人って」
「うん」
「一緒に住んでるって事はちゃんと告ったんだ?」
「何だよ、告るって。誤解は解けたよ。・・・それより注文は?」
苦笑を浮かべる真司に、美穂は更に詰め寄る。
「何だよ?デキたんじゃないの?」
「できるって、何が?」
あくまで真司はきょとんと聞き返す。
「何だ、違うのか」
美穂はほっと笑顔を浮かべた。
オレンジ・ペコを注文した後、美穂は身を乗り出した。
「あのさ、私のお姉ちゃんすっごい美人なんだけどフリ−なの。Wデ−トしようよ」
突然の彼女の申し出に、真司は首を傾げた。
「Wって・・・、誰と誰?」
「あの人。けっこうカッコいいじゃん。お姉ちゃんとお似合いかも」
美穂の指差す先にいるのは蓮。真司は目を見開いた。
「駄目だって!あいつ性格歪んでるし、ケチだし、無愛想だし、もう最悪!」
「無愛想?優しそうに見えるケドなぁ」
美穂にそう言われて振り返ると、蓮は女性客ににこやかに対応している所だった。
「――― あれ?」
他人に愛想する蓮など初めて見る。こうして見ると好青年・・・、に、見えなくない事もないかもしれない。相手をしている女性客が嫌に嬉しそうなのが何故か気に触る。
思わずむっと口を閉じる真司に、美穂は溜息を吐いた。
「・・・だからさあ、やっぱそうなんでしょ?」
「そうって、何が!?」
向こう側のテ−ブルを睨みながら聞き返す真司に、美穂は冷たく言い放つ。
「嫉妬してるんだろ?それって友達に対する感情!?」
「嫉妬?」
――――― ああ、モテてる蓮に嫉妬してんのか、俺は。
真司は納得しかけて、ふと首を横に振った。
(いやいや、そんな小さい男じゃないぞ、俺は)
「じゃあ、俺って誰に嫉妬してるんだ?」
隣に問い掛けたが、美穂の姿はもうそこにはなかった。
その夜早くに部屋に落ち着いた真司は蓮が来るのを待った。
この世界では眉間に皺を寄せる必要もないのだが、どうにも彼の変貌振りが気になる。
性格とは、そう簡単に変わるものなのだろうか?
「・・・簡単、じゃ、ないか・・・」
溜息と共に吐き出す。
変わって当たり前なのかもしれない。しかし、昼間の蓮を思い出す度真司は正体のわからない苛立ちに襲われていた。
「あんなの・・・、蓮じゃない・・・」
ぽつり、と呟いた時部屋の扉が開いた。
「寝たんじゃないのか」
ベッドの上で膝を抱える真司を見て、蓮は意外そうな顔をした。
「うん」
「何か考える事でもあるのか?」
「そりゃ、色々・・・」
蓮が自分を気遣う素振りを見せる。それはとても不思議で、しかし嫌ではない。
上目遣いに蓮を見上げていると、彼はすっと視線を逸らして口を開いた。
「お前はあまり、考えるな」
「なんだよ?それ。俺だって考える事は沢山あるんだよ」
突然、蓮は苦しそうに眉を寄せて、深く息を吐き出した。
「悩みがあるなら、俺に話せ。今度は聞く。一緒に考えてやるから」
だから・・・、と続ける。
「二度と、無理して元気になったり笑ったりしないでくれ」
真司はぽかん、と口を開けた。あまりにも意外すぎる蓮の言葉。
「・・・俺がいつ無理して笑った・・・」
言いかけて、真司は優衣が消えかけてからの自分だと思い当たった。
あの頃味方は誰一人いないと思っていた。自分が何を考え、どんな結論を出そうと気にする者など誰もいないと思っていた。
優衣を助ける為に戦う事を決めた。それが苦しくて、戦いを否定する自身を内に押し込めて笑った。彼女に心配させないように。周りなど気にする余裕すらなかった。
その時、蓮はどんな想いで自分を見ていたのだろう・・・。
急に、真司は鼓動が激しくなるのを感じた。顔がか―っと熱くなる。
何時から、蓮は自分を見ていたのだろう。そして、自分は何時から・・・。
真司は美穂の言っていた言葉の意味をようやく理解した。
「俺、お前が他の人に笑いかけるの見るの嫌なんだ。秋山蓮は無愛想なんだろ?」
「クビになったら困るからな。俺はここでもまともな仕事に就いてなかったから・・・」
正直あせった、と少しはにかむように微笑う蓮が可愛いかった。そして、「お前が生きていればそれでいい」そう言った蓮を思い出した。
俺はもう、こいつに頼ってもいいんだ。
何もかも話して、甘えて、たまには喧嘩もして・・・。
「俺、お前が好きなんだ」
見下ろしてくる漆黒の瞳。それは何よりも心地いい闇の色だった。
「どうした、突然?」
その瞳が優しく細められる。
そんな蓮にまだ慣れない。真司は俯いて赤い顔を隠した。
「一緒に寝てもいいか?」
言いながら、真司は蓮の返事を待たずに隣のベッドにもぐり込む。
「狭いぞ」
僅かに笑いを含む蓮の声。
その温もりをすぐ側に感じるまで、真司は目を閉じていた―――― 。
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コメント。
あっま〜〜!
いいのです!新婚なんですから!(大笑)
と、いうよりかなり長い間文章書いてなかったので駄文度アップ!
意味がわかって頂けるかどうかがかなり不安だったり…。
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