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「 厄介な拾い物しやがって 」
夕食を取るべく、食堂に集まった三蔵一行とプラス一人は気まずい雰囲気の中にいた。
じろりと睨み付ける三蔵の眼光の前でも、“ 厄介な拾い物 ”の彼は平然と食事を続けていた。
「 ・・・ 八戒、五月蝿いハエがいるから席を替えるぞ 」
何故か八戒にぴたりとくっついて離れない彼はしゃあしゃあと言ってのけた。
周りの空気が一瞬にして凍ったのにも気がついていない様子だ。
「 やめて下さい、二人とも。唯でさえ周りの視線を集めているんですから。
三蔵、銃はしまって下さい 」
悟浄と悟空は我知らず、という風に黙々と夕食を口に運んでいる。
「 手前、どういうつもりだ?こいつを連れて歩く気じゃねえだろうな? 」
「 そうなんですよねえ、でも放っておく訳にもいかないでしょう? 」
困ったように笑う八戒を忌々しげに見ながら、三蔵は溜息を吐いた。
訪れた数瞬の静寂を破るように八戒の隣のその人が口を開いた。
「 ・・・先刻も言ったが、これから八戒はお前らとは別行動だ。余計な心配してんじゃねえよ。うざいんだったら無視してりゃいいだろう 」
爆弾発言を繰り返す彼に、八戒はさすがに抗議の声を上げた。
「 あの・・・、別行動って何の事ですか?そんな事僕言ってないでしょう? 」
「 お前は俺を知っていると言った。責任は取ってもらう 」
「 責任って・・・ 」
絶句する八戒に三蔵は驚いたように問い掛けた。
「 お前、こいつの事知っているのか? 」
「 知っていると言うか・・・。以前どこかで会った事があるような気がするだけで・・・ 」
思い出そうとしても思い出せない、もどかしい感覚。
あるいは全くの思い違いかもしれない。
八戒はそう三蔵に告げると、隣を伺い見た。
憮然としたまま前を見つめる彼に声を掛けようとして、躊躇う。
「 ・・・ やはり、名前が分らないというのは不便ですね 」
「 花喃、とでも呼んだらどうだ? 」
考え込んだ八戒に向けた三蔵の言葉に、それまで沈黙を守っていた悟浄がさすがに口を挟んだ。
「 ―――― おい、三蔵やめろよ 」
途端、蒼褪めた八戒を不思議そうに眺めながら、隣で彼は首を傾げた。
「 かなん? 」
さらり、と揺れる長い髪が不意に忘れた筈の過去の恋人を思い出させ、八戒は身を震わせた。
「 ・・・ 誰の事か知らねぇが、俺は何でもいい 」
「 駄目です! 」
急に声を大きくした八戒に、その場にいた皆が振り向いた。
三蔵だけが一人、視線を外したままだった。
「 ・・・ その名前だけは、駄目です。・・・ すみません ・・・ 」
言い捨てると、八戒は立ち上がり、食堂を後にした。
「 ・・・ 三蔵様、大人げないね−。今のはマズイだろう? 」
「 うるせぇ・・・ 」
「 今のは何だ?“かなん”というのは八戒の何なんだ? 」
八戒の後ろ姿を見送った後、気まずい雰囲気を纏う二人に彼は話し掛けた。
「 知らないね− 」
「 手前には関係ねぇ 」
しかし、それに対する答えは冷たいもので、彼は二人を睨み付けた。




それぞれの部屋に落ち着いて、夜も深くなった頃、八戒の部屋を何者かがノックした。
「 ・・・ はい、どうぞ 」
そっと開いた扉から顔を覗かせたのは悟空と悟浄だった。
「 ・・・ 三蔵様、大分反省してるみたいだから許してやれよ 」
「 そうなんだ。むっちゃ機嫌わり−の!用もないのに俺の部屋来て殴るんだぜ!? 」
「 ・・・ それは、反省しているというのでしょうか? 」
三蔵を庇いに来たのか文句を言いに来たのか分らない二人に、八戒は薄く微笑んだ。
「 でも、許すも何も、悪いのは僕ですから・・・ 」
「 イヤ、あれは三蔵が悪い。絶対 」
悟空が珍しく強い口調で言うのに、悟浄はふと気が付いたように、
「 お前、今回珍しく三蔵の味方じゃね−じゃん。どしたの? 」
「 ・・・ イヤ、だって・・・ 」
ちらりと椅子に座る金色の髪の彼に視線を向けると悟空は口篭もった。
「 ナニっ!? 惚れたのかっ!? 」
からかう色を濃くした悟浄の言葉に悟空は顔を真っ赤にさせた。
「 違うよ!!・・・ でも、でも俺、こいつの事そんなに嫌いじゃない・・・ 」
語尾を小さくさせ、悟空は八戒に救いを求めるように視線を向けた。
「 あの髪、太陽みたいだと、思わねぇ・・・? 」
「 ・・・ 悟空 ・・・ 」
悟空の偽りのない真っ直ぐな言葉に、自然と笑みが浮かぶ。
背後に居る彼をそっと振り返ると、目を細めて見た。
「 金蝉だ 」
それまで三人のやり取りを無言で見ていた彼が不意に口を開いた。
「 え? 」
思わず聞き返す八戒に、彼はもう一度答えた。
「 金蝉。誰かにそう呼ばれた気がする 」
「 ・・・ それが、貴方の名前ですか? 」
「 知らねぇ。何となく、先刻それだけ思い出した 」
「 ・・・ 金蝉 ・・・ 」
呟いて、八戒は彼に手を差し出した。
「 よろしくお願いします。貴方を連れてきた責任は果たします 」
彼 ――― 金蝉は少し驚いたように差し出された八戒の手を見つめた。
「 ・・・ 嘘だよ。お前に責任なんてない。金もある。明日には出ていく 」
ふい、と視線をそらせる彼に八戒は微笑んだ。
「 正直言って、僕達の旅も安全とは言えないので貴方を巻き込みたくはないのですが・・・。この人達もさっきの怖いお坊さんも決して悪い人ではないですし、貴方をこのまま放り出して平気な筈もないんですよ。とりあえず、ここに滞在する間は貴方の身元を捜しますが、その後は ・・・ 」
それから、八戒はゆっくりとこの旅の目的を金蝉に話した。
三蔵の亡くなった師の形見、天地開元経文の一つである聖天経文を探すのが、根本の目的である事。
悟空は失った記憶を取り戻す為、自分を見付けてくれた三蔵の側にいると誓っていた。
そして、八戒自身の大罪を背負った過去。救ってくれた三蔵に恩を返す為、共に旅をしていると。
一通り離し終えると、悟浄が口を挟んできた。
「 ・・・ ねえ、オレは? 」
「 ・・・ 悟浄、貴方はどうして一緒にいるんですか? 」
聞き返され、悟浄は暫らく考え込んだ。
「 ・・・ ヒマだから? 」
ぽつりと呟いた後、大体さあ、と続ける。
「 八戒を助けたのってもともとオレじゃね−?瀕死の所を拾ってやったんだし 」
八戒はそうですね、との一言であっさりと悟浄を躱すと、再び金蝉に向き直った。
「 そういう訳で、聖天経文を取り戻すまでこの旅は終わらないですし、敵もいる訳です。もし、それでも一緒に来ると言うのでしたら、自分の身は自分で守って頂かなければいけません 」
少々厳しい口調だったかな、と八戒はちらりと思ったが、それに対する金蝉の答えは意外なほど軽いものだった。
「 解かった。それでいい 」
金蝉が素直に頷いた事に八戒は何故か安堵を覚えた。
悟浄と悟空はともかく、この先三蔵の不機嫌な顔を見続ける事を考えると頭が痛くなるのは事実だが、この、絵本の中から抜け出してでもきたかように綺麗な彼の近くにいる事。彼を守る事が出来る事。それを嬉しく感じている。
出会ったばかりだというのに ・・・ 。
八戒は自分の感情に戸惑い、苦笑を漏らした。
「 で?今日はどうやって寝るの?ベット一つしかないじゃん? 」
悟浄の一言で我に帰り、部屋の隅のベットを見つめた。
「 ・・・ 僕は床で ・・・。野宿には慣れてますから 」
あはは、と八戒が笑うと、悟浄が心底嬉しそうに金蝉に近付いた。
「 あんたとなら一緒に寝てもいいぜ?オレんトコ来る? 」
金蝉が口を開くより早く、悟空が抗議の声を上げた。
「 駄目!ぜ〜ったいダメ!!なんか悟浄の顔やらし−もん! 」
八戒もそれに続き、
「 それは危険です。止めといた方がいいです 」
「 ・・・ おい、お前ら ・・・ 」
がっくりと肩を落として、悟浄は顔を上げた。
「 じゃ、八戒が来いよ。同棲してた仲だし? 」
「 そうですね。でも同棲じゃなく同居です 」
その方がマシだと、八戒はこっくりと頷いた。訂正はしっかり忘れずに。
「 では、今日はゆっくり休んで下さいね 」
にっこりと微笑んで、部屋を出ようとした八戒に金蝉は声を掛けた。
「 行くな 」
その一言に八戒は振り向いた。
「 ・・・ 一緒に ・・・ 」
聞き取れない程小さな声で金蝉は言うと、ふいと顔を逸らした。
「 ・・・・・ 」
八戒は悟浄を見上げて、小さく頭を下げた。
「 すみません ・・・ 」
「 随分懐かれちまったな−・・・ 」
意外そうに悟浄は言うと、そのまま部屋を出て行った。

たった一言で、言いなりになってしまう。
危険だと、何所かで声がする。
それでも。
八戒はその場から動く事が出来なかった。





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