V
「 昨日は良く眠れた? 」
翌朝、階下の食堂へ降りるなり欠伸をもらした八戒に悟浄は好奇心に満ちた瞳で問い掛けた。
「 ・・・・・ 」
そんな悟浄に呆れた視線を向けながら、八戒は昨晩の事を思い出していた。
彼が触れ合うほど近くで寝返りを打つ度、鼓動が激しくなった事。
静かな寝息が聞こえてくるまで眠れなかった事を。
「 眠れました。ぐっすりと 」
言って、しまったと思ったが遅かった。悟浄はにやりと人の悪い笑みを浮かべると、
「 へえ−、ぐっすり、ね 」
その含みのある言い方に、八戒は頭を抱えたくなる。
「 あなたが何を想像しているか解かりますが、それは間違っていますよ
」
こういう相手にははっきりと否定するのが懸命だとばかりに八戒はきっぱりと言った。
途端につまらなそうな表情をする悟浄を無視してテ−ブルにつくと、既に悟空と三蔵が食事を始めていた。金蝉はまだ降りてこない。
「 おはよ−、八戒。金蝉は? 」
「 まだ寝ているのでしょう。疲れてるみたいでしたから
」
「 居候の分際で偉そうだな。叩き起こしてこい、サル
」
本気で言っているらしい三蔵を八戒は慌てて宥めた。
「 明日はちゃんと起きますよ。今日だけは見逃してやって下さい
」
宥めるつもりが更に逆撫でしたようだった。
三蔵は眉を上げると八戒を睨み付けた。
「 明日?手前何時まで此処にいるつもりだ?
」
「 いえ・・・、だから・・・二、三日彼の身元を調べる時間を頂きたいなあ・・・って・・・
」
ぼそぼそと八戒らしくない、その言い訳めいた言葉に三蔵は舌打した。
「 何をあんな奴に入れ込んでる? 」
「 ・・・ 入れ込んでる ・・・ というか、あんな綺麗な人、一人にできないじゃないですか
」
「 綺麗?・・・ ばかばかしい 」
そもそもそれがおかしい。他人の美醜になど興味ない筈の八戒が言う科白か。
三蔵がそう思うのと同様に悟浄も首を傾げて八戒を見ている。
別の感情があるのに、本人は気付いていないのかもしれない。
「 好きにしろ 」
面倒臭くなって三蔵が吐き捨てた言葉に、八戒は嬉しそうに微笑んだ。
「 ありがとうございます 」
それとほぼ同時に金蝉が食堂に姿を見せた。
「 あ、おはようございます。食事終わったらちょっと町まで出ませんか?
」
金蝉はちらりと八戒に視線を向けると、小さく頷いた。
昨日と同じく賑やかな人込みを、二人で歩いた。
目に付いた店で彼の事を聞いてみるが、どこも空振りで終わっていた。
とりあえず、店先に出来た僅かな日陰に身を置いて、二人は一息つくことにした。
「 そういえば貴方、何時からこの町にいるのですか?
」
肝心な事を聞くことを忘れていたのに気付いて、八戒は尋ねた。
「 昨日からの記憶しかない 」
「 ・・・ 昨日? 」
自分達がこの町に来た時、広い砂漠を走ってきたが変わった様子はなかった。
外から来たのではなければ、彼はこの町の人間だという事になる。
しかしここの人間は誰も金蝉を知らない。何か、この町に着いてから記憶が無くなるほどの事件にあったと考えるべきか・・・
。
彼の恰好や身なりを見ても、一人で砂漠を渡ってきたとは思えない。連れが必ずどこかに居る筈だと、八戒は思った。
「 ・・・ ちょっと、飲み物買ってきますね
」
流石にこう暑くては思考もまとまらない。
八戒は金蝉に動かないように、と念を押すとその場を離れた。
「 お前、俺を知っているのか? 」
八戒の姿が完全に消えると、金蝉は背後の人物に語りかけた。
「 あれ?バレちゃいましたか・・・って、金蝉。本当に記憶無くしちゃったんですか?」
金蝉が振り返ると、深くマントを被った人物が覗き込んできた。
「 やはり、俺は金蝉というのか 」
「 ・・・ ちょっと ・・・ 」
どうやら絶句しているらしいその人物をじろりと睨み付けた。
「 俺を知っているならどうしてもっと早く出て来ねぇ?
」
「 僕も探してたんですって。貴方は大事な方なんですから、放っとく訳ないでしょう
」
慌てて言う彼を、不審そうに金蝉は眺めた。
「 大事? 」
「 そうです。あれだけ顔を広めてしまったら此処にももういられませんよ。・・・でも、記憶をなくしても目的は見付けたみたいですね
」
「 ・・・ 目的 ・・・ 」
金蝉は考え込んだ。彼の言うことは理解できなかった。
「 僕達の目的は三蔵一行です 」
「 何 ・・・ ? 」
突然突きつけられた言葉に、完全に混乱していた。
「 彼の、三蔵法師の持つ魔天経文を ――――
」
呆然と見つめる金蝉の前で男が続きを言おうと口を開きかけた時、八戒の気配が戻ってきた。
「 お待たせしました。これ飲んだら一旦宿に―――
・・・、金蝉? 」
金蝉の様子が先程と違う事に気付いた八戒は声を顰めた。
「 何か、あったんですか ? 」
真剣な眼差しを向ける八戒をまともに見る事が出来なかった。
「 いや ・・・ 」
小さく否定したが、先程の男に言われた言葉が頭から離れない。
どうして肝心な事を忘れてしまっているのだろう。
もどかしく思いながら、金蝉は八戒をちらりと見た。
もしかしたら、近くに居てはいけないのかもしれない・・・
。
ふと浮かんだ考えを頭を振って追い出す。
「 暑さにやられた。帰ろう 」
眉を顰めたままこちらを見つめる八戒を残して、金蝉は歩き出した。
「 魔天経文というのは何だ? 」
八戒や悟浄、ましてや三蔵になどとても聞けないと、金蝉は一人でいる悟空を捕まえて聞いた。
「 三蔵が肩に掛けてるだろ?あの経文だよ 」
「 何か、力があるのか? 」
「 う〜ん。敵なんかをやっつける時に三蔵はよく使うけど
」
それよりさあ、と悟空は顔を上げた。
「 金蝉、自分が何所の誰だか解かった?」
「 ・・・ いや ・・・ 」
言いよどむと、悟空は嬉しそうに笑った。
「 良かった!まだ一緒にいられるんだな? 」
どうして自分が一緒だと悟空が喜ぶのか分らないが、金蝉はその笑顔にほっとするものを感じた。
「 ああ 」
頷くと、更に悟空は嬉しそうに、
「 じゃあ、一緒に遊ぼうぜ、それとも飯にする?
」
腕を引っ張られ、強引に部屋に連れられていくと、そこには三人が顔をそろえていた。
同時にこちらを振り向く。
嫌な空気が金蝉に伝わった。何やら自分の事で話し合っていたようだ。
それを素早く隠したのは八戒だった。
「 悟空、あんまり金蝉を困らせちゃ駄目ですよ
」
微笑をのせ、穏やかに声を掛ける。
「 困らせてね−もん。一緒にカ−ドやるんだ
」
何時の間に決まったのか、悟空はそう言うとベッドの上に金蝉を座らせた。
「 ・・・ それは、遊ぶ物か? 」
並べられたカ−ドを眺めて問い掛けると、悟空が驚いた表情をした。
「 えっ!?金蝉知らね−の? 」
素直に頷くのがしゃくで、金蝉はじろりと悟空を睨み付けた。
見かねた八戒が二人の側に寄って来る。
「 これはですね、ゲ−ムで・・・ 」
簡単にル−ルを説明すると、悟浄が割り込んでくる。
「 いいか、必ず勝つ方法を教えてやっから・・・
」
「 ずり−っ!悟浄! 」
何時もの騒がしい喧嘩が始まり、八戒はやれやれと口を閉ざした。
三蔵のハリセンが出てくるのを待っていたが、彼が立ち上がるより先に金蝉が低く呟いた。
「 ・・・ サルだな 」
「 誰がっ!? 」
悟空と悟浄がむきになって問い掛けると金蝉は黙って悟空を指差した。
「 ・・・・・ 」
三人は悟空が怒り出すと思い、黙って見つめたが、予想に反して悟空は照れたように頭をぽりぽりと掻きながら、
「 へへ、よく言われるんだ 」
にっと笑った。
当然、面白くないのは三蔵の筈で・・・ 。
「 ・・・ あの、三蔵。悟空が金蝉に懐くのは貴方に彼が似ているからで
・・・ 」
八戒は恐る恐る三蔵に話し掛けた。
「 似てねぇ 」
「 あの、ほら、色が似てるでしょ?髪とか目とか
」
「 似てねぇよ 」
ここまで否定されると、そうですか、と頷くしかない。
「 別にサルが誰に懐こうと関係ない。面倒が減ってせいせいする
」
「 はいはい。そうですね 」
「 ・・・ 手前 」
冷たく三蔵から離れる八戒を金蝉が呼んだ。
「 八戒、ル−ルがよく理解できない。もっとちゃんと教えろ
」
「 ああ、じゃあ一緒にやってみますか 」
ちょん、と金蝉の横に腰掛ける八戒に悟浄はぎょっとして、
「 お前が入ったら勝ち目ないじゃん 」
慌てて三蔵を手招きする。
「 おら、お前も来いよ。三蔵が入ればまだマシだ
」
「 カッパ、それはどういう意味か説明しろ 」
ますます三蔵の眉間の皺が深くなるが、気にする者は一人もいない。
「 やろ−ぜ、三蔵 」
「 たまにはいいでしょう?三蔵 」
「 それとももう眠い?御年だから 」
からかう悟浄に、いい度胸だ、と呟くと配られたカ−ドを手に取る。
仲がいいのか悪いのか分からない四人と共に、金蝉は次第にゲ−ムに熱中していった。
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こんな途中で続きます。すみません。
最初に言っとけ、ですが、これは中途半端なパラレルです。
(・・・・?)本編ベ−スと言っていいものかどうか…。本人も解ってない有り様。
原作とは切り離して頂けると有り難いかも…。(最近そんなのばっか書いてんな、おれ・・・)