X


背後でかさりと音がして、金蝉は振り返った。
「 八戒・・・ 」
一度に色々な現実を突き付けられ、金蝉は混乱した頭を冷やそうと、一人皆から離れていた。八戒はそんな金蝉の後を追ったが、声をかける事が出来ずに佇んでいた所を彼に見つかったのだった。
「 ・・・ 驚きましたね。天蓬さんのお話しには・・・ 」
決まりが悪そうに微笑むと、八戒は金蝉に近付いた。
「 思い出せない。・・・いや、思い出したくないのかもしれない・・・ 」
「 金蝉? 」
天蓬の話しによると、彼と金蝉は天界に住まう者らしい。
とうの昔に封印された筈の天地開元経文が下界で見つかり、それの回収と再びの封印が、金蝉と天蓬に下された命、だという。
既に三つの経文は金蝉が手に入れ、今は天界にある。
残り二つの内一つは三蔵が持っている。そして最後の一つは三蔵達の敵でもある、吠登城に居る紅該児一味が手にしていた。彼らの目的は父親にして大妖怪である牛魔王の蘇生にある。牛魔王が目覚める時、この世は混乱と破壊に埋め尽くされるであろう。
だが、彼等の野望が叶う日は来ないだろう、と天蓬は言った。
――― それよりも厄介な敵がいます ・・・。
呟いて天蓬は顔を曇らせた。
昼間目の前に降り立った男。焔。
彼は天界で唯一殺生を許された闘神、なのだそうだ。
始め天界は彼に経文の回収の命令を与えた。
だが彼はそれを拒み、下界に降りた。経文の持つ力の意味を知った彼は、自らの力で経文を手に入れ、その力を我が物とする為に天界に反旗を翻した。
急遽金蝉がそれを阻止する為に呼び出され、経文の回収と共に焔の捕縛を言いつけられた。天蓬は彼を守る為に一緒に行く事になった。
何度も焔と衝突を繰り返して三つの経文を天界に持ち帰る事が出来たのだと言う。

次に焔が向かうのは恐らく吠登城。
そこで彼は簡単に聖典経文を強奪するでしょう。
そして最後に彼は再び貴方達の前に現われます。
三蔵と金蝉を交互に見ながら、天蓬はそう言った。
自分達が今までてこずってきた敵が、焔の前にあっけなく倒れると、彼は言うのだ。
簡単には信じる事が出来ず、それでも昼間の焔を思い出して、三蔵も悟空も悟浄も、そして八戒も押し黙った。




「 ・・・ でも、貴方が神様だということは納得できますね・・・ 」
ぽつり、と呟いた八戒の言葉に金蝉は首を傾げた。
「 どうして 」
「 ・・・ 綺麗だから ――― 」
視線を前方に向けたまま、当然の事のように八戒は言った。
自分の発した言葉が金蝉にどんな感情を呼び起こすのかも解かってはいないように。
今まで同じ事を誰に言われても不快感しか抱かなかった。
――― どうして、こいつには ・・・ ―――
金蝉は突如湧き上がった感情に戸惑いを感じていた。
「 これから、どうすればいいのか解かりませんが、とりあえず休みませんか?」
にっこりと金蝉に微笑みを向けて、八戒は動きを止めた。
「 ・・・ 金蝉? 」
微動だにせず、八戒を見つめる視線。
暗闇の中ですら輝きを放つその姿に八戒は息を呑んだ。
「 金蝉 ・・・ 」
ゆっくりと伸ばされる手の動きを八戒は呆然と見つめた。
細く、指の先まで整ったそれが頬に触れて、はっと我に返った。
勢い良く立ち上がると、八戒は金蝉を見下ろした。
「 昨晩も遅くて、疲れてるんですよ。皆の所へ戻りましょう 」
わざと明るい声で言ってみたが、金蝉の視線は痛いほどに突き刺さる。
「 お前に、触らせてくれ 」
金蝉は立ち尽くす八戒の腕を取り、自分に近付けた。
八戒はされるがまま、ゆっくりと金蝉の前に膝をつく。
髪に触れ、頬をなぞる金蝉の手の動きに八戒は固く瞼を閉じていた。
「 ・・・ 止めて下さい 」
繊細な動きで彼の指が唇に辿り着いた時、強張った声で八戒は言った。
「 ・・・ 僕は、貴方がそんな風に触れる存在じゃないんです 」
「 どういう意味だ? 」
「 貴方が神だというなら、僕は地獄にいるべき人間です 」
「 ・・・・ 」
八戒の言う意味が金蝉には分らなかった。
だが、声に滲む悲痛な響きに、唯事ではない彼の苦しみを感じた。
「 ・・・ 僕は、人を、殺しています。・・・ 人だけではなく ・・・ 」
その言葉に、金蝉は八戒の左の耳に嵌められたカフスに気がついた。
そして、以前どこかで同じ物を見せられた記憶だけが蘇る。
色々な形はあるが、それは間違いなく妖力制御装置だった ――― 。
「 お前 ・・・ 」
「 ・・・ 元は、人間だったんです 」
八戒は苦しみを押さえるように微笑んだ。
―――― 天界で教えられた。千の妖怪の血を浴びた人間が、希に妖怪に変るという事を・・・。
記憶の中、一面の花弁が舞う。
「 ―――― あ、 」
金蝉は頭を押さえて蹲った。
「 !金蝉!?」
八戒は慌てて彼の肩に手を掛け、その顔を覗き込んだ。
苦しそうに瞼を固く閉じ、白い額には汗が滲んでいる。
その瞼がゆっくりと開かれ、紫の瞳が八戒を捕らえた。
金蝉の唇が震える。
「 ・・・ どうして 」
「 え? 」
「 何が、そんなに大切だった ・・・ ? 」
はっと八戒は息を呑んだ。
「 何故、そう思うんですか? 」
「 理由も無しにお前がそんな事をするとは思えない 」
金蝉の言葉に声を失くす。
「 ・・・ 買い被りです。僕は自分の欲求のままに殺戮を行いました 」
震える唇を懸命に動かしてそれだけを伝えると八戒は金蝉に背を向けた。
痛いほどの視線を背に受けながら、八戒はゆっくりとその場から逃げ出した。



金蝉は八戒の背を見つめながら、襲い来る頭痛と闘っていた。
確かに自分は天界と呼ばれる場所に居たのだと、思い知る。
少しずつ記憶の波が押し寄せてきて、金蝉は深い溜息を吐いた。
その時、蹲ったまま立ち上がろうとしない金蝉の背に声がかかった。
「 ・・・ 追わないのか? 」
ゆらりと立ち上る紫煙。
肩越しに振り返ると、それは三蔵だった。
「 ・・・ お前はあいつの過去を、知ってるのか? 」
金蝉に問い掛けられ、三蔵は視線だけでそれを肯定する。
その瞬間、金蝉の瞳を過った嫉妬を三蔵は見逃さなかった。
「 俺が話す事じゃねぇだろ? 聞きたけりゃ手前で本人に聞け 」
「 ・・・・・ 」
金蝉は頭を押さえながらふらりと立ち上がると、三蔵を見た。
途方に暮れたようなその様子に、三蔵は溜息を吐く。
「 ・・・ 不器用な奴だな 」
「 うるせぇ 」
微かに頬を染め俯く金蝉を、三蔵はじっくりと観察するように眺めた。
――――― もしかして、この男なら・・・ 。
微かな期待が頭を過る。
「 ・・・ 俺は八戒に生きる道を与えただけだ。あいつは今も過去に縛られている 」
決して救った訳ではない、と語る三蔵に金蝉は驚いた表情を浮かべた。
「 お前の見たままの八戒が、本当の八戒だ 」
三蔵の言葉を聞き終わらない内に金蝉は走り出していた。



暗闇の中、闇雲に走り回るのは無謀だったかもしれない。
金蝉は八戒が消えた方向に向かって懸命に足を動かした。
彼の姿は、見えない。
諦めかけた時、不意に白い背中が目に飛び込んできた。
「 ――― 八戒 」
躊躇うことなく声を掛けると、その背が小さく揺れる。
僅かな月の明かりの中、振り向いた八戒が泣いているのかと思ったが、違っていた。
しかし、その深く傷付いている彼の心中は手に取るように理解できた。
「 ・・・ 悪かった。傷付けるつもりじゃなかった 」
自分でも驚くほど素直にその言葉が出てきていた。
八戒は少し目を見開いて、そして微笑んだ。
「 傷付いてなんて、いませんよ。・・・ 走ってきてくれたんですか? 」
八戒に言われて初めて金蝉は自分の息が乱れている事に気が付いた。
「 ・・・ 見っともねえな。こんな様でどうやってあの男から経文を奪い返したんだか・・・ 」
金蝉は苦笑を浮かべ、そして思い当たった。
それはきっと自分の力ではないという事に。
おそらく、天蓬あっての事なのだろう・・・ 。
「 ・・・ 情けねえ。何一つ思い通りにできねえ 」
悔しいが、三蔵に背中を押されなければ八戒の後を追う事すら出来なかった。
息を吐き出したいのを堪え、金蝉は顔を上げた。
「 言え。お前の口から真実を聞く為に追ってきた 」
金蝉の言葉を半ば予想していた様に八戒は頷いた。



next




なんて中途半端なトコで終わるんだ――――っ!!
動け!動くんだ!!二人とも!こんなんじゃ熱い夜vはやって来ない!ゾ?
らぶらぶになるんだろうか。不安を覚える今日この頃。
すっかり月一更新。果たしてこれを読んで下さる方はまだいるのだろうか…?