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八戒はぽつりぽつりと自分の事を話し出した。
これを他人に話すのは何度目だろう。
初めは悟浄、そして三蔵。悟空には機会がなく、まだ話していないが・・・。
愛する者を守る為、と言えば聞こえはいいが、八戒が犯したのはただの大量虐殺だった。
そこまで殺す必要はなかったと、自分でもそう思う。
どこかが狂っているのだ。きっと。
双子の姉を愛した、あの時から ・・・ 。
いや、それ以前からかもしれない。
村を守る為に、妖怪に彼女を差し出した村人達。彼らを引き裂いた時、八戒の頭には怒りしかなかった。人間らしい心の一欠けらでもあれば、そこまで出来ないだろう。
千人の妖怪の血を浴びるその前に、既に自分は化け物だった。
「 ・・・ 解かった ・・・ 」
金蝉は黙って八戒の言葉を聞いていたが、突然それを遮った。
八戒は苦笑を浮かべてそんな金蝉を見つめた。
当たり前だろう。こんな話、聞くに耐える事などできない。
「 解かった。俺が探していたのは、やはりお前だった 」
「 ・・・ え? 」
思いがけない言葉に、八戒は驚いて金蝉を見た。
「 ・・・ どういう、意味ですか? 」
「 俺はお前を知ってる。人間から妖怪になった男。・・・ 俺は三仏神と共にお前の裁きの場に居た 」
「 ――― え? 」
「 勿論、前には出てねぇからお前は知らないだろうが・・・。天蓬からお前の話を聞いて、俺は興味を持ったんだ 」
淡々と語る金蝉に、八戒は完全に混乱していた。
「 ・・・ 貴方は・・・、誰なんですか? 」
「 観世音菩薩の甥、金蝉童子。今回の経文の命も、俺はただのお飾りだよ。軍をまとめる" 名前 "だけの存在だ。地上に降りた事すらなかった 」
「 金蝉、記憶が・・・ ? 」
「 ああ、思い出した 」
しっかりと八戒を見据える金蝉の瞳には、先程までのの不安気な揺らぎはなかった。
「 ・・・・ その眼は、義眼か? 」
金蝉の手がそっと右目に触れ、八戒は思わずびくっと身を引いた。
「 ええ・・・ 、三蔵が ・・・ 」
八戒はそのまま俯き、黙り込むしかなかった。
村人を何人殺しても、恋人を攫った妖怪を全て倒しても、彼女は戻らなかった。化け物の子供を宿したと、彼女は八戒の目の前でその命を絶ったのだ。
絶望の中、そのまま死ぬつもりだった八戒を助けたのは悟浄、大罪人である八戒を捕らえる筈だった三蔵と悟空。
自分の何が彼等の同情を引いたのかは解からないが、三人は八戒を生かした。
或いは自ら抉り出したこの眼のせいかもしれない。
八戒が殺した、顔も覚えていない誰かの血縁だと名乗る妖怪に罵られるまま、その行動を起こした。既に自分には必要の無いものだと思ったから。
痛みすら、麻痺した頭では感じる事はなかった。
そんな八戒に新しい眼をくれたのは三蔵だった。
目の前にいる神と、同じ眼と髪の色をした僧。
あの時から三蔵も、八戒にとって神に等しい存在だった。
ぼんやりとその時の事を思い出しながら、八戒は身震いした。
寒さのせいだけではなかった。
過去を話して、自分に向けられる金蝉の瞳が恐怖か、軽蔑かに歪むのを、ただ想像していた。彼が全て知っているなど、予想外だ。
そんな八戒の心中を見透かしたように、金蝉は口を開いた。
「 皆の制止を振り切って地上に降りたのは、一つはお前に会う為 」
「 ―――― どうして ・・・ ! 」
心底解からない、という風に八戒は金蝉を見つめた。
「 天界は、退屈な所だ・・・ 。死の存在しない其処では思考も、感情も止まってしまうのかもしれない。・・・ だから、お前の激情に引き摺られた。それを自分の目で見てみたいと思った 」
「 ・・・ そんなこと ・・・ 」
下らない、と八戒は吐き捨てた。
「 単にめずらしいだけじゃないですか?ここまで非情な人間も、歴史上類を見ない犯罪もないでしょうからね 」
皮肉を込めて言い、八戒は口端に笑みをのせた。
「 そうかもな 」
そんな八戒に笑みを返して金蝉は言った。
「 ・・・ もう、皆の所へ戻りましょう 」
これ以上二人でいる事が耐えられなくなった八戒はくるりと彼に背を向けて歩き出し、金蝉はそれに黙って従った。


皆の所に戻った金蝉は火の傍らに座り込み、目を閉じる天蓬に何やら耳打ちした。
八戒はそれを横目で確認しながら、無言で火の側に横になった。
天蓬は目を見開くと、勢いよく身体を起こした。
「 ――― 金蝉、思い出したんですか…?」
その問いに金蝉は頷く。
「 他の奴等はどうした? 」
「 ・・・ 西へ行ってます。そこで焔を倒す事はできないでしょうが、上手くいけば経文を手に入れる事くらいは出来るかもしれません 」
「 ・・・ 天蓬、俺は・・・ 、俺は、どうしたらいい ・・・ ―――? 」
金蝉の瞳が強く天蓬を捉えた。
「 ・・・・・・ 」
それを見返して、天蓬は言葉を選びながら静かに口を開いた。
「 本当ならば、貴方には天界に戻って頂きたい。貴方が地上にいる理由は何もないのですから 」
「 経文奪回の命を受けたのは俺だ 」
「 貴方は決断するだけでいい。動くのは僕達です。 ・・・ でも ・・・ 」
こちらに背を向ける八戒にちらりと視線を向けて、天蓬は息を吐き出した。
「 理由が・・・、できてしまったんですね ・・・ 」
僕の責任です・・・ 。力なく呟いた天蓬を金蝉は見つめた。
地上に降りると決めた時、誰の責任にするつもりも、結果を求めるつもりもなかった。
生まれて初めて湧き上がった感情に、衝動的に従う。
それは金蝉を取り巻く全てのものと自分自身に対する反乱であり、革命でもあった。
結果など、必要ない筈だった。
会いたいと思った彼に実際会ったとしても、どうするかなど考えてはいなかった。
―――― それなのに、彼にここまで揺さ振られるとは・・・。
穏やかな彼に惹かれながら、どうしてもその仮面を引き剥がしたいという思いが生まれていた。
同時に、彼の瞳を、彼の関心を、彼の全神経を自分だけに向けさてみたかった。
「 ・・・今は、経文を取り戻す事を考える 」 
会いたかった、と告白した金蝉に対する、八戒の辛そうにゆがんだ表情を思い出す。
苦しさに、心臓がきしり、と音を立てた気がした。
「 わかりました。とにかく今は休んでください 」
そんな金蝉に気付いたのか、天蓬は労わるように彼の肩を優しく抱き、自分に掛けていた毛布を渡した。

夜明けは、もう近かった。




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コメント
しばらくまんがに係りきりだった為か、文字が書けない!
思いついたことを文章にできないよぅ〜!(大泣き)
いや、前からなんですが、余計にヒドクなった気がします…。
そろそろ終わるかな―・・・。この連載・・・。