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遥かな地平線から日が昇り出している。
全てを紅く染め上げる、終局とは異なる始まりの色。
旅の終わりが近付いていた。

簡単な食事を取り終えた頃、軍服を着た男が一人ふらりと現れた。
「 捲簾! 」
天蓬が叫ぶと同時に彼はがくりと崩れ落ちた。
「 ・・・よう、なんか楽しそうじゃん。・・・探したっつ−の 」
青い顔をしながらにやりと口元を歪める捲簾と呼ばれた男は、天蓬よりも背が高く一回りほど大柄だ。天蓬よりも余程軍人らしい。
「 焔は来ましたか? 」
「 労いのお言葉もないワケ?ま、キス一つでカンベンしてやっか 」
「 経文は? 」
完全に自分の言葉を無視されると、観念したように男は軍服の胸元から一つの巻物を取り出した。
「 ま、いくらあいつが強いと言っても多勢に無勢だからね。混乱に乗じて吠登城の紅い髪の兄ちゃんから奪ってそのままトンズラしてきた 」
「 ・・・部隊は置いてきたのですね? 」
天蓬の顔が厳しくなった。
「 再優先事項。俺はお前の言葉に従っただけ。サラリ−マンは辛いね 」
おどけた様に両手を上げる捲簾の、その目も険しい光を宿していた。
「 ご苦労様です。貴方の決断は正しいです 」
そのまま立ち上がり、天蓬は何やら考えこんだ。
一部始終を見守っていた一行は二人に掛けるべき言葉を失っていた。皆同様に口を閉ざしたまま成り行きを待つ外術がない。
「 天蓬、ご褒美は? 」
そんな一行をまるで気にしていないように捲簾は天蓬を見上げた。
天蓬はそんな彼を無言で見下ろし、徐にその唇に口付けた。
「 ・・・部隊はほぼ全滅と見て間違いないでしょう。しかし・・・ 」
「 了解 」
天蓬の言葉を最後まで聞かず捲簾は立ち上がり、皆に背を向けると再び来た方向に戻って行った。
彼の後姿があっという間に消えるのを確認して天蓬は一行に向き直った。
「 金蝉。貴方はこれを持って一先ず天界へ戻ってください 」
天蓬の声にはっと我に返り、金蝉は声を上げた。
「 冗談じゃねえ!どうしてこんな時に俺だけ・・・ 」
「 冗談ではありません。捲簾の事も思い出したでしょう?彼があんなにぼろぼろになるほどの相手なんです。部下を見捨ててここに来たのも彼にとって苦渋の選択だったはずです。貴方はこれを無事天界に持ち帰る義務があります 」
そこまで言って天蓬は、今度は三蔵に目を向けた。
「 貴方の経文も頂きます 」
「 ・・・ザけんなよ、それはこっちの科白だ。お前が持っているその聖典経文。それが俺の
目的だって知ってて言ってんだろ−な 」
「 勿論、承知してます 」
天蓬の美貌に薄い笑みが浮かぶ。八戒は背筋が寒くなるのを感じた。
姿勢を崩さない天蓬の前で三蔵は懐の銃に手を掛けた。
余裕すらないこちらと比べて、その力の差は圧倒的だった。
「 やめろよ!三蔵も天ちゃんも!仲間を助けるんだろ?こんなことしてる場合じゃないじゃんか! 」
悟空の叫びに天蓬がふと力を抜いたように見えた。
「 ・・・天ちゃん、ですか・・・ 」
その表情に笑みが浮かぶ。先程と違って今度は柔らかい笑みだ。
「 ・・・先程の方は部下の方達を助けに戻ったのですか? 」
ようやく口を開いた八戒に天蓬は静かに頷いた。
「 ・・・甘いですよね。ここで貴方達を倒して経文を手に入れて戻れば、任務は終わりです。
後は焔討伐が残されるのみ。天界で軍を立て直して応戦すればそれも不可能ではない筈なのに・・・ 」
「 いいんじゃね?一気にカタつけようぜ。経文の事はその後だ 」
悟浄がにやりと笑うのに、天蓬は苦笑した。
「 後悔が増える事になるかもしれません。けれど僕は甘い。今はこうすることしか思い浮かばないのは確かです。命令よりも、今は・・・ 」
「 いいんだよ。要は経文が五つ揃わなければいいんだろ?いっそのこと燃やしちまえば? 」
くっくと悟浄が笑う。
「 悪いが俺も今天界に戻る気はねぇよ 」
天蓬から受け取った経文を金蝉は服の胸元に仕舞った。
「 では、行きましょうか 」
八戒の言葉を合図に皆ジ−プに乗り込んだ。天蓬は小さく頷くと一足先に駆け出す。
「 ところでさあ、天蓬とさっきの兄ちゃんって、デキてんの? 」
思い出したように問い掛ける悟浄に、金蝉は首を傾げた。



旅を始めてからずっと三蔵たちが目指していた吠登城は無残に崩れ落ち、あちこちから煙を吐き出していた。
全てが終わったわけではない。僅かだが生存者のいることが確認できた。
「 八戒、お前は怪我人の処置をしろ 」
三蔵にそう言われ、八戒は頷いた。
「 では、金蝉もお願いします 」
「 俺は・・・っ 」
天蓬の言葉に金蝉は口を開いたが、再び噤む。悔しそうに唇をかみ締め俯き、八戒とその場に残った。
「 俺が付いて来ても足手まといにしかならないことは知っている。・・・だけど・・・ 」
八戒は足元に倒れる黒い軍服を着た者達を一人一人確認しながら、息のある者に気孔で治癒を施していった。黙り込んだ金蝉を見上げて息を吐き出す。
「 ・・・僕も同じですよ。でも何か出来ると思ったからここに来たんです。何かをしたいと・・・、そう思ったから三蔵に付いて旅をしてきたんです 」
「 ・・・・・ 」
「 でも僕に出来るのはこのくらいですけど 」
八戒の掌に集まる気孔の光を金蝉はぼんやりと見つめた。
「 ・・・温かいな 」
「 え? 」
「 その光・・・ 」
あはは、と八戒は笑った。
「 これと同じ光で敵を倒すことも出来るんですよ? 」
「 それでもいい 」
呟いて金蝉は上を見上げた。
「 ・・・始まったな 」
塔の上の方から激しい攻防の音が響いてきた。
「 焔の目的は何でしょうね?どちらにしろ経文は全てこちらの手に有りますから、彼の願いが叶うことはないでしょうけど。天界の軍は優秀ですね 」
「 あいつらがいるからな 」
以前聞いたことがある、と金蝉は静かに話し出した。
それは闘神として死ぬまで戦う事を天界から義務付けられた、異端の子供の話だった。
神は殺生を行わないのが普通らしい。純粋な神ではない者にのみ、その行為を許される。
「 要は自分の手は汚したくないっていう神の汚い考えだ。神は正しく綺麗でいなきゃいけないなんて、誰が決めたんだろう。実際は地上の奴らよりやってることは汚ねぇ。地上の奴らがどれだけ神を信じてると思ってやがんだ? 」
「 信じてますよ。僕達は疑いながら、絶望しながら、それでもやはりこの地獄から救い出してくれる神を信じてるんです。・・・本当に逢ってしまいましたしね 」
八戒は微笑むと金蝉を見上げた。
「 神はお前らを救わねぇ 」
「 ・・・はい 」
「 神はお前らと何も変わらない。下らない感情さえある 」
「 ・・・はい 」
「 天界は天国なんかじゃねぇ 」
八戒を見下ろす金蝉の瞳には怒りが滲んでいた。やるせない苦しみにその瞳が揺れて、金蝉はふと身体から力を抜いた。
「 ・・・でも、俺は・・・、お前らの望む神とやらになれたなら良かったと・・・、そう思う・・・ 」
「 金蝉・・・ 」
その時一際大きい音が聞こえ、頭上の天井の一部が崩れてきた。
「 ! 」
八戒は咄嗟に防御を張ってそれを防いだ。
「 ・・・っ、折角治した人達がまた死んだらどうしてくれるんですか! 」
肩で息をしながら八戒はその場に崩れ落ちた。
「 八戒!? 」
「 ・・・大丈夫です。・・・ちょっと、突然だったもので・・・ 」
しばらくして最初に治した者達が一人、また一人と身を起こし出した。
それを見た八戒が安堵の息を漏らす。
その中の一人が金蝉を見て声を上げた。
「 こ、金蝉童子様!?何故ここに!?・・・俺達は一体・・・ 」
金蝉は八戒の肩を掴んで抱き起こすと口を開いた。
「 お前らの傷はこいつが治した。・・・上でこいつの仲間と天蓬と捲簾が焔と戦っている。折角助かったのに俺はお前らにこれしか言えねぇ 」
金蝉は彼らを正面から見据えた。
「 あいつらを助けてくれ 」
戸惑いと恐怖に支配されていた彼等の瞳に力が沸きあがるのを八戒は見た。
「 はっ!必ず! 」
口々に叫ぶと彼等は踵を返した。
ぼろぼろになった軍服を纏いながら再び戦地へと赴く彼等を見送りながら金蝉は辛そうに眉を寄せた。
「 俺達も・・・行こう 」
八戒は金蝉を見つめて強く頷いた。



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何を隠そう戦闘シ−ンが書けなくてここまでずるずると来てしまいました・・・。
しかもまだ逃げています・・・。
はう・・・(滝涙)