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その場は地獄の様だった。
折り重なる妖怪の死体の山。その上に焔は佇んでいた。
「 来たな・・・、金蝉 」
駆けつけた金蝉と八戒をちらりと見ると、彼はその口元を歪めた。
八戒は傷ついた自分の仲間達を信じられない思いで見つめた。いや、予想はしていたが・・・。
紅該児達も三蔵達と一緒に戦ったのだろう。同じ、いやもっと酷い状態でそこにいた。
沢山の妖怪はこの吠登城の者達だ。
吐き気がするほどのおびただしい血。
その光景に、昔自分が殺した妖怪の死体の山が重なった。
「 ――――っ 」
こんなこと、考えている場合ではない。
今にも崩れそうな足を懸命に堪え、八戒は焔を見据えた。
あれは、自分の姿――――
実際に目の当たりにした虐殺人の姿に、八戒は絶望の淵へ落とされるような感覚を味わった。
許される訳がない。許されてはいけないのだ・・・。
「 八戒。何を考えている? 」
金蝉の声にはっと我に返る。
「 いいえ。このままでは経文が危ない。どうすればいいのか・・・ 」
「 ・・・経文、か・・・ 」
金蝉が呟いた時、焔が動いた。
真っ直ぐ金蝉へと向かってくる。
天蓬の叫びが聞こえたが、何を言っているかは理解できなかった。
三蔵の弾も悟浄と悟空の攻撃も焔に届かない。
八戒は咄嗟に金蝉の前にその身を躍らせた。
衝撃と共に自身が裂かれる音が八戒の耳に届いた。勢い良く飛び散る紅い血液の合間に金蝉の白い顔が視界に飛びこむ。
「 邪魔だ 」
焔が言った言葉に、その白い顔が怒りで歪んだ。
――― 駄目ですよ、金蝉。そんな表情しちゃ・・・
八戒の呟きは声にならなかった。ひゅうひゅうと空気の漏れる音を僅かに唇からもらしたに過ぎなかった。
「 八戒!早く傷を塞ぎなさい! 」
何時の間に近くに着たのか、天蓬が覗きこんでいる。
何も考えることが出来ず、言われるまま自分の傷口に手を当て気を送る。
金蝉の言う温かい光が微かに表れ、そして消えた。
先ほど兵士達を治した時に力を使いすぎたらしい。
天蓬が苦しそうに眉を寄せる。
八戒はゆるゆると首を横に振った。
――― 今は僕より、金蝉を、経文を、皆を・・・
それはやはり声にならなかったが、天蓬は小さく頷いた。
天蓬が振り向くと同時に撃った銃が焔の頬を掠る。
焔は意外そうに一瞬目を見開き、だが何事もなかったように金蝉に向かい、
「 俺はこのまま天界に乗り込んで経文を奪う。お前等に出来ることはこの程度だ。無駄なことは止めろ 」
「 無駄じゃねえよ 」
焔の腕の中で金蝉は静かに言った。
「 お前達に三つの経文を渡したのは遊んでやっただけだ。お前達のやってきたことは無駄な事だったという訳だ 」
「 無駄じゃねえ 」
くっくと焔は笑った。
「 俺はお前が嫌いじゃなかった。金蝉 」
「 ・・・ 俺も、お前が嫌いじゃねえ。望みを言え。叶えてやる 」
「 ・・・・ この世の消滅 」
金蝉には焔のその望みが解っていた。彼には絶望しかない。己の生死さえも、彼には関係ないのだ。
「 解った 」
「 金蝉!? 」
天蓬が驚きで目を見開く。
焔はそっと金蝉を抱き寄せた。
「 お前も俺と同じ願いを抱いていたと知っていた。・・・だからお前が好きだったよ。共に消えよう 」
金蝉は天に向かって右手を翳した。
「 それは断る 」
「 !?何・・・!? 」
「 ・・・・・ 」
天蓬は驚いて金蝉を見た。彼が唱えているのは経。それも―――。
「 金蝉何をする気です!?止めてください! 」
必死に叫ぶ天蓬を金蝉は静かに見つめた。
「 天と地の理を統べる五つの経文よ。今一つになり我が手へ―――― 」
「 金蝉――――! 」
「 !? 」
三蔵の肩に掛けられた魔天経文が金蝉の手へと伸びて行く。共に、遥か空高くからも三つの経文が光と共に降りてくる。
八戒の目には、それは金蝉が五つの羽を纏っているように見えていた。
八戒はその美しさにただ息を呑んだ。
やがて、手に収めた経文を金蝉は焔へと静かに翳した。
「 この者の消滅と現在命有る者の再生を――― 」
「 天界に背くか、金蝉・・・ 」
焔はさも面白そうに目の前の神を見つめた。
「 同じ事だろ?この世の消滅もお前自身の消滅も 」
焔は笑った。その瞳は諦めに似た悲しみに支配されていたが、金蝉の心に同情も哀れみも浮かばなかった。
「 ・・・ 出来ることならお前の破滅もこの目で見たかったがな 」
「 ・・・ 欲張りだよ 」
静かに微笑む金蝉の目前で、焔はその姿を消した。永遠に。
「 生憎、地上に降りてから俺の望みは変わったんだ・・・ 」
その言葉は焔の耳に届くことはない。
三蔵は自分の身体のあちこちから吹き出していた血が止まり、傷口が消えて行くのを見た。
「 何だよ、これは・・・。こんな結末かよ・・・ 」
苦々しげに呟く。
「 仕方ないです。金蝉の頭には彼を救うことしかないんですから。それこそ、自分の命さえ関係ないほどに・・・ 」
天蓬は脱力したようにその場に座り込んだ。
「 何で!?皆助かったんだからいいんだろ!?死んじゃった人は生き返らないけど、金蝉悪いやつやっつけたんだからいいじゃん! 」
悟空は叫んだ。
「 ・・・俺の師の形見はどうなる 」
三蔵は恨めしげに悟空を見た。
「 皆の命より大事な物なのかよっ!? 」
悟空の言葉に三蔵はぐっと言葉を詰まらせた。
「 ・・・金蝉の命って、どういう事ですか? 」
声が出るようになるのを待って、八戒は天蓬に訊ねた。
「 ・・・天地開元経文の発動は禁忌中の禁忌です。どんな身分を持っていても処罰は免れません 」
「 処罰・・・ 」
「 悪かった。勝手な真似して。だがこれは俺一人の行動だ。お前らには関係ねえ 」
「 そんな事を言っているのではありません! 」
天蓬は怒りをあらわに叫んだ。
「 ・・・ 俺は、礼を言うぜ 」
離れたところで見ていた捲簾は口を開いた。
「 俺達にはどうやってもヤツを殺ることなんてできなかった。捕縛なんてとんでもねえ。ほっといたら天界も全滅って有り得ただろ−な。天界のヤツらに言って通じるかは知らね―ケド 」
「 ・・・でも、他に手は有った筈です 」
天蓬はがくりと肩を落とした。
―――― それを待っていたら確実に八戒は死んでいた
金蝉はそう思っていた。
だから、決して自分のした事に後悔はしていないと、そう言い切れる。
でもそれを口にするとまた八戒は自分を責めるから、決して言わない。
それほどまでに自分は彼を愛しているのだと、金蝉は不思議な気持ちでその感情を受けとめた。
もう一緒にいる事はできない。
気を利かせてか、二人の周りには誰もいなかった。
これから昔の自分と同じように裁きを受ける金蝉に掛けるべき言葉が八戒には見つからない。
八戒は唇を噛んだ。救う方法も全く思い浮かばなかった。
返事をしようと、あの時「会いたかった」と言ってくれた彼に返事をしようと、ただそう思い八戒は思い口を開いた。
「 ・・・今の僕に狂気はありません。今の僕は貴方の為に虐殺を犯す事はないでしょう 」
受け入れることなどできる筈もなく、でもどうしてこんな言葉しか言えないのかと八戒は自嘲した。
「 すまない、あれは嘘だ 」
「 え? 」
「 逢いたいと思ったのに理由はなかった 」
風に吹かれて金蝉の長い髪が揺れた。
美しい。
金色に輝くその光を綺麗だと、八戒はそう思った。
理由なんて八戒の方にこそなかった。
初めて見た時、声を掛けずにいられなかったのはただ純粋に惹かれたのだと、彼に心を奪われたのだと。
何故認めることができなかったのだろう。
「 僕は臆病だから先のことを考えます。過去も・・・。知れば知るほど遠い存在の貴方にどうして告げることができたでしょう 」
「 遠くなんかねえだろ? 」
金蝉は手を伸ばして八戒の震える指先をそっと掴んだ。
「 ここにいる 」
涙が溢れそうになった。
「 貴方が神であっても悪魔であっても、僕はきっと・・・ 」
その先は言えなかった。
さらりと光が揺れ、それが目の前に迫るのを息を止めて見つめていた。
彼の形の良い唇がゆっくりと自分に落とされるのを、呼吸も出来ずにただ見つめることしかできなかった。
神であるのに、人間ではないのに、彼はとても温かかった。
昔失くした何かに似ている。
八戒はそう思った。
彼は確かに、八戒の思い描いた神そのものだったのだ。
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はあっ!ようやく敵が消えた・・・!
もっと掘り下げようにも限界でっす・・・!!!許してくだせえ!
あっけなくてごめんよぅ!!これだけ待たせて肩透かしっ!?
真剣にあっぷあっぷ。いっぱいいっぱい。げふ〜っ!(汚・・・)