迷妄の果て −2−
昨夜も、窓辺で眠る八戒を見た。
最近気が付くと瞳を閉じている。
一日中車の運転や四人分の食事の世話やその他の雑務、時々訪れる刺客の相手をしたりしていたとしても、異常だ。
三蔵が言うと、悟空と悟浄は普通だと声をそろえた。
「 お前さあ、八戒の事何だと思ってる訳?」
「 俺はジ−プの後ろで寝てるからいいけどさあ。ふつ−疲れるよ
」
「 手のかかる我が侭な最高僧の世話が一番の原因だな
」
調子に乗って続ける二人にハリセンを打ち下ろして、三蔵は椅子に座ったまま眠り込む八戒に視線を向けた。
「 ・・・ そんなんじゃねぇよ。疲れてるって感じの眠りかたじゃねぇだろ、あれは
」
三蔵の言葉に悟浄も同じ方向に視線を向け、考え込む。
「 ・・・ 起きたくないとか?現実に嫌な事があって夢の中に逃げている・・・
なんて?」
「 お前にしてはまともな意見だな 」
「 ・・・ 随分ですね 」
悟浄の言葉に三蔵が頷くと、不意に寝ているとばかり思っていた八戒が口を開いた。
「 お心当たりがあるのなら自粛して下さいね、二人とも
」
「 原因は俺達だっつ−の!? 」
心外だと、悟浄が思わず声を大きくすると八戒は困ったように微笑んだ。
「 ・・・ 逃げてなんかいませんよ。疲れてる訳でもないんですが・・・
」
言い淀むと、続けた。
「 誰かに呼ばれてる気がするんです。自分でもよく分らないんですが、眠りに抗えないというか・・・
」
「 何、それ?八戒なんか変なもん食った?」
きょとんと問い掛ける悟空に、お前と一緒にするなと怒鳴り、悟浄は八戒の次の言葉を待った。顔を背け、向けられる視線から逃れると、
「 ・・・ ただの、夢ですから・・・ 」
呟いて、八戒は三蔵を見上げた。
「 何だ 」
「 いえ・・・ 」
そっと視線を伏せ、眠そうに目を擦ると八戒はお先に、と言ってベッドにもぐり込んだ。
そんな八戒を見詰めながら、三人は同様に首を傾げた。
「 やっぱり、おかしい・・・ 」
一面の桜色。風に舞う花弁。
以前彼と出会ったこの場所に八戒は眠る度に訪れていた。
しかし月の色をした彼、金蝉とはあれから一度も会えずにいた。
二度と見る事のない夢だと思っていたのに、何故自分は此処に居るのだろうか・・・。
知らず、彼を求める心が八戒をこの場所に引き寄せているのかもしれない。
ぼんやりとそんな事を考えていると不意に、周りの景色が初めて此処に来た時と微妙に違っている事に気が付いた。焦点が合っていないかのようにぼやけている。
木に触れようとすると、それは八戒の手をすり抜けた。正しくは八戒の手が、だろう。
「 ・・・ 幽霊みたいですね、僕 」
随分綺麗な地獄だなあ、と呟くと遠くから微かに人の声が聞こえた。
それは綺麗に着飾った二人の女性だった。
「 今日の宴には捲簾大将と元帥様がみえるそうよ
」
何気なく耳を傾けていると、金蝉、という名が彼女たちの口から零れた。
「 宴に出られるなんてめずらしいもの。是非拝見しなくちゃ
」
くすくすと笑い合う二人の後をそっとついて行く。
しばらく歩くと少しずつ通り過ぎる人間が増え、しかしその誰もが八戒を気に留めない事に気付き、やはり自分は誰にも見えていないのだと確信した。
広い庭に出ると、宴が開かれているらしい、賑やかな声や音楽が流れて来た。
八戒は迷わずにその方向へ足を向けた。
人垣をすり抜けて進むと、軍服を着た数人が見えた。
一段高い所に居るのは恐らく身分のある者達だろうか。
何気なくそちらを見上げて、八戒は息を呑んだ。
上から見下ろす退屈そうな瞳と、視線が重なる。
―――――― 彼だ。
三蔵と良く似た紫の瞳。八戒は心臓が激しく鼓動するのを感じた。
その瞳が大きく見開かれ、こちらを凝視している。
八戒は思わず辺りを見回したが、金蝉が見つめているのはやはり、自分らしい。
「 会いたかった 」
微笑を浮かべ呟くと、彼の唇が動いた。
( 俺もだ )
「 八戒! 」
急に名を呼ばれ、八戒はびくりと身体を震わせた。
自分を覗き込む至近距離にある紫の瞳に驚く。
「 僕が、見えるのですか?」
八戒の言葉にその瞳が怪訝そうに細められた。
「 何を言っている?」
「 ―――― え?」
思わず手を伸ばして目の前に在る白い頬に触れた。
さらりとした感触を感じ、更に確かめるように頬にかかる金髪にも手を伸ばした。
「 ・・・ あ、・・・ 三蔵 ・・・ ?」
「 誰だと思ったんだ 」
それに答えられずゆっくりと視線を逸らして、ここがジ−プの上だという事に気がついた。しかもまだ日の高い時間だ。
少しの休憩のつもりが、自分はまたも眠り込んでしまっていたようだ。内心、舌打ちしたい気分だった。心配をかけるつもりは無いのに・・・。
「 誰と間違えた?」
もう一度問い掛けられ、八戒は先程の金蝉の見開かれた瞳を思い出した。
どうしても、彼に触れたかった。
もう一度あの存在を確かめたかった。
強く願う気持ちが身体の奥底から涌いてきて、同時に眠気が訪れる。
「 悟浄・・・、すみませんが運転代わって頂けますか?」
突然呼びかけられ、悟浄は驚いたように身体を起こした。
「 構わねぇけど・・・、平気か?」
頷いて悟浄と席を替わろうと立ち上がると三蔵の左手がそれを制し、八戒を助手席に座らせ、自分は悟浄のいた場所に落ち着いた。
動き出したジ−プに揺られながら八戒は瞳を閉じたが、後ろからの刺すような視線に、そのまま眠りに落ちる事は出来なかった。
その日は結局野宿する事になり、四人は遅めの夕食をとった後それぞれ焚き火の周りで毛布を被り、横になった。
あれから再び、空には満月が浮かんでいる。
柔らかいその光を見上げて八戒は軽く身震いした。
暫らくして悟空と悟浄の寝息が聞こえてくると、八戒は三蔵に視線を向け、口を開いた。
「 今夜、目覚めなかったら、僕を置いて行って下さい
」
三蔵は閉じていた瞼をゆっくりと持ち上げると八戒を見た。その冷たい瞳にひやりとする。間違いなく彼は怒っていた。
「 夢の中で、誰に会うんだ?」
八戒は言葉を詰まらせたが、震える唇を懸命に動かしてその問いに答えた。
「 ・・・ 貴方に ・・・ 」
「 手前・・・ っ 」
瞬間、ばしっっという音が響き、八戒の左の頬に鈍い衝撃が走った。
何が起こったのか解らず、右手を握り締め八戒を見下ろす三蔵を見つめた。
その手が乱暴に八戒の髪を掴んで立ち上がらせる。
「 ばかにしてんのか?俺に会うんなら目を開けてろ!」
「 は ・・・ 」
口を開こうとしたが、唇の端を伝って流れ出た血に邪魔され声を発する事が出来なかった。口中に広がる鉄の味と目の前に在る怒りに満ちた紫の瞳に、自分がどれだけ三蔵に心配をかけているのかを知った。
「 すみま、せ ・・・ 」
必死に謝罪の言葉を繰り返し、訪れる眠気と戦った。
これ以上現実を蔑ろにする事はできない、そう思った。
―――― 彼への想いはここで断ち切らなければ
・・・
しかし、八戒の意志に反して次第に意識は薄れていき、その身体から力が抜けていく。
「 畜生 ・・・ っ 」
崩れ落ちる八戒の身体を支えながら、三蔵は月明かりの中苦々しく呟いた。
続
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最近一気に書き上げる事が出来なくなってきた・・・。(年かしら・・・)
それはともかく、金×八になっていない!!これはどう見ても三×八だろう!?
すみません!次回はたっぷりと金×八をお送り致します〜!(またいい加減な事を・・・)
いえ、本当に今現在気持ち的にはそのつもりです!(大汗)
なんだか仕事もほんのちょっと慣れて、楽しくなってきました。それもこれもやはり、この世界があるからなんですよね・・・v
「また続くのか−−−!!」というお怒りのお言葉は御もっともです。が、広いお心で見て頂けると嬉しいですvvv(媚び)