――――――― 後悔なんて今更だろ。
そんなものは、最初からしていたから ――――――
西方軍元帥、天蓬。
その男の噂は以前からよく耳にしていた。
頭が切れて、変わり者だという事。そして、その美貌。
遠目にだが直に見て、成る程と、納得した。皆が騒ぐのも頷ける。そう思ったが、特に興味は沸かなかった。男に興味なんて持てる筈もなかった。
それなのに。
一癖も二癖もありそうなその男が、ある一点に視線を注いでいた。
見たこともないような真剣な眼差しで。
オレの存在など、まるで視界に入っていない様だった。
桜が一斉に散って、周りが薄紅色に染まる。花弁で息が詰まりそうな程。
そんな中で、佇むその姿から目を離せないでいた。
男の髪に肩に降りかかる桜が綺麗だと、思った。
風にさらりと揺れた、茶色がかった髪と、白衣が綺麗だと…。
その時だった。そいつの視線の先にいる人物に気が付いたのは。
花びらの中に消えてしまいそうな程白い、そして眩しい姿。
綺麗なだけの存在。
その人物は桜並木を急ぎ足で歩いていた。桜に目もくれずに。
天蓬はその姿が見えなくなっても、そこから動かなかった。
そしてオレも、一歩も動けずに天蓬を見続けていた・・・。
天蓬の視線の先に居た男が観世音菩薩の甥だという事を、それからしばらくしてから知った。
何故、そいつに天蓬があれだけ惹かれているのか、その理由が知りたかった。
それと同時に、その白い存在をめちゃめちゃに汚してやりたいという、どす黒い感情が湧き上がってくるのを感じて、気分が悪かった。
―――――― 嫉妬、ってヤツかもしれない。
それをぼんやりと自覚してから数日後、天蓬に直接会う機会がやって来た。
天蓬は油断のならない微笑を浮かべながら近づいて来て、ウワサ通りの方ですね、と言った。オレの科白を取られた気がした。
それから、天蓬が見掛けと違って、意外に直情的だという事を知った。
かなりな軍事オタクだという事も。態となのか、天然なのか、時々妙にボケた事を言ったりする。
中身はかなり男臭いヤツだった。だから、オレが親近感を抱くのにも時間は掛からなかった。天蓬の方はなかなか気を許してくれなかったが。
とりあえずはその位置で良かった筈だったんだ。
こっちを向かない相手に本気になる程、熱を持った事などない。
―――――― 二人が、長い回廊で何やら話しているのを見掛けた時。
前を歩く金蝉の髪に、天蓬の手が躊躇いがちに伸ばされて、触れる寸前、諦めた様にゆっくりと下ろされた。
振り向いた金蝉に向けられた寂しげな微笑みを見て、考えが変わった。
躊躇うのなら、やめてしまえばいい。
無理にでもオレの方を向かせれば、そんな微笑を見せる事もなくなる。
気付かないのなら、永遠にそこに居ればいいんだ。
お綺麗なだけの、退屈なその場所に。振り向いた時そこに居る存在を奪ってやる。
深い考えなどなかった。衝動で行動するのは、何時もの常套手段。
欲しい物を手に入れるのに躊躇いなんて、ない筈で…。
天蓬は、意外な程簡単に堕ちた。
その日からオレは、彼の思惑にも、視線の行方にも、気付かないフリをする事に決めた。
抱きしめた身体は軍人のものとは思えないほど細く、頼りなくて。
自分でも驚くほど、その身体に溺れていった。
一方的だったのは最初だけで、その後からは彼も意志をもって、オレの与える感覚に素直に反応するようになった。
それが諦めなのか、自棄なのかは、知らないが。
金蝉の元に、下界から連れて来られたというチビが来てからは、天蓬は何かを振りっきたかのように軍の中に居る事が多くなった。つまり、戦場に。
ここがこいつの本当の居場所ではないかと錯覚してしまう程、的を前にした天蓬は冷徹に、確実にそれを抹消していった。その様子は実に楽しそうだった。
そんな天蓬の姿を見て、オレは息苦しさを覚えていた。
花が綺麗で、酒が美味い。
それだけで良かった。その為に任務をこなして来た。
なのに突然、痛みを知ってしまった。
「 殺人人形 」と呼ばれる少年が、金色の眼を持った少年が、汚い大人達の間で傷ついて行く様を、見ぬ振りができなくなっていた。
そして、天蓬がやろうとしている事に、漸く気が付いた。
腐りきったこの世界に対する革命。
もしくは、ピリオドを打つ事。
どちらにしろ無事で済むはずがない。オレも巻き込むつもりらしい、というトコロが笑える。
やっぱり、天蓬を選んだオレの眼は確かだった。
面白そうだから地獄まで付き合ってやるよ。
らしくねぇ。無様だな。
会わなきゃ良かった。お前に。あいつらに。
後悔なんて、あの時からずっと、している。
捕らわれたのは、視線と、その先に在る月 ―――――
お前なら、アイツの破滅を止められるか ―――――…?
・・・言いわけさせて下さい・・・。
外伝はコミック一巻しか見てないので、全て嘘です・・・。
勝手に、いいように解釈してしまいました。
これの続き的「金蝉自分の気持ちに気付く編」(ばか)は、個人誌の方で描いたので省略いたします。
次で完結にするつもりです。
次こそもう少し裏的に頑張るつもりですが、私の書くものだし・・・(弱気)